戦史

アルマータ戦車型の砲塔

 軍事研究7月号の記事では砲弾と装薬は固定式(一体型)で、90式や10式と同じ自動装てん装置ではないかと書かれていますが、以下は違うようだと述べています。
http://obiekt.seesaa.net/article/420860705.html
 ロシア国内での推測のようですが、無人砲塔にしてはやたらでかくて不細工なのは色々上からつけられているからでそれを外せば、無人砲塔らしい本来の姿があるのではないかという意見です。なるほど、これは納得できますね。砲塔全面に大きな穴が開いていてこれ防御上問題だろうと思ったのですが、本当の砲塔がこの小さいのだとすると納得出来ます。
 まあ、砲弾と自動装てん装置はどちらが正しいかはまだわかりませんが。

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ドイツ陸軍の戦車は225両

 車は車でも戦車の話です。新聞にドイツがレオパルトIIを100両購入するという記事が出ていました。驚いたのは現在の保有数。なんとたったの225両。冷戦終了後欧州各国では国防費が削減され、独は1988年比で半分、英仏も半分強にまで減らされています。ソ連崩壊による冷戦終了の恩恵を受けていたのですが、最近の状況(特にウクライナ情勢)を受けて、増加に転じつつあります。それを受けての100両購入なんですが・・・・100両増えても325両でまだ陸自の保有数よりも少ないです。陸自も戦車を削減しつつあり、将来は300両になる予定ではありますが。いやあ、こんなことになっていたなんて気がつきませんでした。
 欧州とアジアでは状況が違うというのを再認識しました。日本も冷戦終了後、一部削減されてはいますが、自衛隊の規模はほとんど変わっていません。陸自も重装備を削減し、師団を旅団に改編したりはしていますが、実人員数はほぼ同じままです。元々が少なかったとはいえ、防衛予算額もそう変わっていません。これはソ連の脅威こそほぼ無くなったものの中国の台頭や北朝鮮の存在があるからです。
 もちろん、欧米と異なり、良くも悪くも余りドラスティックに組織変更をやらない民族性というのもあるとは思います。しかし、あの独の戦車数が現時点で日本の1/3程度、人員の現役は2/3程度(約10万人)というのは・・・・いやあ、驚きました。

 元々規模が小さい英陸軍も似たような状況ですが、人員数は独よりもまだ多いようですね。仏陸軍はNATO内で米トルコについで3番目ですが、陸自よりもそれでも少ないです。気がついたら、陸自は所謂、旧西側諸国(台湾とイスラエルをここに含めるかどうか悩ましいところがありますがとりあえず含めて)の陸軍の中では規模が比較的大きい方になってしまっています(笑)。予備役は別にして現役だけに限れば、あくまで人数だけですけれど、米韓トルコが突出して多く、その次のグループの上位に陸自はいます(多い3国の1/3以下ですけれど)。他の主要国が軒並み数を減らす中、陸自はほぼ横ばいですから。もちろん、戦力(あ、自衛隊は「戦力」じゃないんだけど(笑))人数だけで決まる訳ではないですが。

 戦車と言えば、ロシアの久々の新型戦車アルマータが対独戦勝70周年パレードで登場しました。ニュースでちらっと見ましたが、既にその前の予行やらロシア軍のツイッターやらの画像が孫引きですけれど、以下に出ています。
http://obiekt.seesaa.net/
 車体はともかく、砲塔はロシアっぽくないですね。砲塔は無人という噂ですが、車長らしい人物はドライバー席の横で上半身を出していますので、どうやら本当のようにです。砲塔上部にハッチらしいのは見当たりませんし(RWSの前に四角ハッチがあるにはも見えますが、そうだとしても弾薬搭載用では?乗員用のハッチと形状が違います。)。しかし、無人砲塔だと普通に考えればテレダインAGSのような小型のものを想像しますが・・・ロシア戦車史上最大級の砲塔のような?普通の戦車と言いがたいKV-IIは別にして、ですけれど。
 アルマータは戦車型と歩兵戦闘車型の二つ開発されていますがどちらも登場しています。これもロシアらしくないですね。まあ、戦車ベースの歩兵戦闘車ってイスラエルを除けばまだほとんど使われていないと思いますが。

 戦車そのものが欧米ではずっと新型が登場していませんからね。改良型は登場しても、フルモデルチェンジの予定は今の頃ないようですし。戦車メーカーからすれば、全部ソ連が悪いんや、今後は中国に期待、でしょうか(笑)。まあ、そのロシアもぽしゃったT-95を経てようやく新型登場です。
 それは別にすると、最近、新型戦車は少なく、色々作っているのは中国位。それと韓国のK2、それともちろん、我が陸自の10式も新型です。ちょっと前だけどインドも一応新型かな?改良型もつくっていますし。うーむ、アジアばっか。旧来の東西冷戦とはちょっと違うものの、欧州とアジア(極東)では状況はかなり違うと言えるでしょうね。

 空自も似たようなもので、戦闘機の数だけ見れば、米とイスラエル、韓国の次。質を考えれば第三位と評価しても良いでしょう。海自は空母と原子力潜水艦さえ別にすればかなり前から西側第二位でしたが、英仏の空母戦力が激減しているので、総合的に見ればやはり西側第二位でしょう。空母と原子力潜水艦を高く評価したとすると米英仏の次ぐ4位ですが。

 しかし、そういう風に考えると「戦力」ではないと言いつつ、相対的に自衛隊の戦力は向上していますね。ほぼ横ばいですけれど、他が減っていますから。海自に限れば、限りなく空母に近い、いずも型まで建造してしまって、海自史上最大・最強の時代ですしね。

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筑波海軍航空隊記念館

 行ったのは先週ですが、時間が取れず報告が遅れました。
http://www.p-ibaraki.com/tsukuba

 外から見ると軍事施設とは思えません。
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 天井が高く、窓も大きく、階段も吹き抜けがあり、しゃれた西洋建築です。
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 さすがは海軍、でしょうか?1階にはアブロ504陸上練習機のフレームが展示されていました。
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 日本で残っているのはこれだけだそうです。エンジンもありました。状態が悪いせいか、展示されていませんでしたが、廊下の奥にフロートも保管というか積み上げられていました。
 反対側にはゼロ戦・・・の残骸。特にレストアしておらず、発見されたまんまです。
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 機銃など色々な部品も展示されています。エンジンの部品も。そこに排気バルブに冷却のために液体ナトリウムを封入してあると書かれていて驚きました。知らなかった・・・栄でそんなことしていたなんて。
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 そして、永遠のゼロの撮影ように作られたレプリカもあります。説明員のボランティアのおじさんがいたのですが、相方に86まではメーターに針がひっかからないようにバイブレーターがついていました・・・と説明してくれていましたが、相方に86と言ったら、AE86かトヨタ86だと思ってしまいますよ(苦笑)。
 二階はパネル展示が中心ですが、遺品などもあり、日記やら本などもあります。そして、永遠のゼロの撮影に使われた部屋(病室とか)がそのままになっています。
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 プロペラばかり集めた展示室もありました。
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 木製が多かったです。航空機や艦船の模型の展示も。艦船の模型の中に当時の教育用というのがありました。
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 最上型と思われるのですが、主砲がこれじゃ高角砲(苦笑)。そして、すみっこに意外なものがいくくつか。秋水の燃料を入れた瓶!
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 海軍向けはちゃんと?錨マーク付です(笑)。橘花の車輪もありました。

 外には号令台が残されています。何故か、中に入れるようになっていますが、なんのためなのでしょうね?
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 このほか、離れた場所に地下壕も残っているのですが、この日は公開されておらず、見ることが出来ませんでした。

 建物は戦後、病院として使われていたようです。老朽化(耐震補強の問題もあるのでしょう)により取り壊しの話も出ているとかで保存の署名を求めていたので署名してきました。維持は難しい面もあるとは思いますが、保存されることを祈ります。また、それも考えると興味がある方は早めに見に行った方がよさそうです。

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ドイツ駆逐艦入門

 光人社NF文庫、広田厚司著、「ドイツ駆逐艦入門」の感想です。
 ドイツ駆逐艦の活躍・・・と呼んで、え!?活躍なんかしたっけ?と思ったのですが、「活躍」ではなく、「活動」と書かれていました。それなら納得です。いや、失礼。まったく活躍しなかったというつもりはないのですけれど、ドイツ駆逐艦と聞くと、やられ役、トラブル多発、15cm砲搭載して大失敗、とか、余り良いイメージがないもので。(^^;
 一通り読み終えての感想は、「高速機雷敷設艦」です。いや、だって、活躍したのは、機雷敷設だけですから。勿論、いくつかの小海戦では勝利を収めてはいますが、それを除くと、機雷敷設以外はまともな活動出来ていません。機雷敷設は十分な戦果を上げていますけれど。
 後は、対空機銃は結構充実、でしょうか。高角砲は少ないですが、対空機銃はわりと多く、個艦防空力は相応に充実していますし、撃墜もしています。
 とはいえ、後はイメージ通り(苦笑)。日本や英米の駆逐艦と比べると元々が沿岸作戦用に作られているのですけれど(速度はそれなりにでるけど、航続距離は短い)、機関のトラブルは多いわ、海が荒れるとあちこち壊れる、流される。悲惨です。機雷敷設やりまくった報いか、結構、触雷で失われていますね。潜水艦にぼこぼこ沈められた日本とどちらが酷いかと言われると、微妙なところですけれど(苦笑)。
 それとこれはこの本を読むまで知りませんでしたが、ドイツ駆逐艦は魚雷の次発装填装置を持っていたのですね。余り注意をはらっていなかったというのもあるのですけれど、知らなかったことは結構、書かれており、読んだ意味はありました。

 ただ、文章からして、翻訳(英語をカタカナにしたままの部分があったので、ドイツ語からではなく、英語から)と思っていたのですが、最後には書き下ろし作品と書かれていました。いやあ、どうみても、元ネタの本があるでしょう。参考文献としてでも記載すべきではないかと思いますが・・・・。著者が海軍専門じゃないので、違和感のある訳としか思えない部分が多々ありましたし。まあ、復水器をコンデンサとカタカナで書いたりするように酷いのはありませんでしたけど。でも、Sゲレイドは聴音機でもレーダーではなく、アクティブソナーか探信儀でしょう。重対空砲は高角砲または対空砲、軽対空砲は対空機銃または高射機関砲とでも訳して欲しいと思います。海軍での師団も変でしょう。DIVISIONの訳なんでしょうけど、この場合は、戦隊とか駆逐隊だと思います。空軍なら師団も使われますが・・・。

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結局、あわせて400両?

 防衛大綱が発表されましたが、戦車は300両に減らし、機動戦闘車を99両調達するようです。結構、戦車と機動戦闘車合計で400両になるようで・・・財務省押し切り?もっとも大綱には戦車何両という記述はありませんし、機動戦闘車が99両で調達終了という訳でもないようですが。

 防衛大綱:平成26年度から平成30年度
http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/guideline/2014/pdf/chuki_seibi26-30.pdf
http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/guideline/2014/pdf/20131217.pdf

 戦車は44両を調達となっていますね。10式は既に53両調達しているから、合計97両。ということは、90式が約200両。10式が約100両。九州の戦車は方面隊直轄の戦車部隊に集中するようですね。
 それと師団、旅団の内、2個師団及び2個旅団を機動運用を基本とする機動師団及び機動旅団に改編するそうです。機動戦闘車はこの機動師団及び旅団に廃部されると。
 Wikiによると90式と10式の戦車中隊は12両になっているそうなので、それを元に再度考え直すと教育用は別にして
 90式:16個中隊
 10式:8個中隊
 機動戦闘車:8個中隊
位?
 90式は全部北海道なので、第7機甲師団を現状のままとするとそれだけで15個中隊。まあ、コア部隊になっている第73戦車連隊は無くして、2個戦車連隊、1個機械化普通化連隊にするしかないでしょうね。まあ、どうなるかはわかりませんが、私だったら、2個連隊に減るので、6個中隊編成に変更。残りの4個中隊は第2師団。旅団には戦車無し。
 でも、10式は西部に8個中隊では多い気がしますね。4個中隊か6個中隊程度。ふむ、6個中隊にして、残りの2個中隊は第5旅団と第11旅団でいかが?
 機動戦闘車はとりあえず最大でも8個中隊分しかありませんから、それを3個機動師団、3個機動旅団(4個中1個は第12旅団でこれは空中機動化されているので、機動戦闘車はないでしょう)に単純にわりふると師団に1個中隊ずつで、2個師団だけ2個中隊?まあ、今後追加調達もありえなくはないのでしょうね。
 戦車関係以外で大きいのは、陸上総隊の創設。機動師団と機動旅団はそちらに隷属するようで。また、火砲も北海道以外は方面隊直轄の特科部隊への集約の方向とか。
 別表によると機動運用部隊は3個機動師団、4個機動旅団、1個機甲師団、1個空挺団、1個水陸機動団、1個ヘリコプター団で、地域配備部隊が5個師団、2個旅団だと。
 そうなると方面隊の下には少数の軽歩兵師団と軽歩兵旅団、方面特科隊(西部方面隊には戦車部隊もだけ)。単純に考えれば一個方面隊に基本1個師団だけ(旅団は沖縄と四国でしょう)。重装備の部隊は基本的には陸上総隊の直轄部隊。ということは、陸上総隊はフォースプロバイダー、方面隊がフォースユーザーということになるんでしょうか?有事には担当の方面隊に陸上総隊から部隊が派遣されるということでしょうね。
 その他、空自は、戦闘機が260機から280機に増えて、13個飛行隊になるそうなので、本当に増えるのですね。まあ、元々13個でしたからね。でも、航空偵察部隊は無くなるようなので、F-4の退役に伴い501飛行隊が解散して、戦闘機飛行隊に改編するのでしょうか?海自は護衛艦が6隻(2個護衛隊)増えますが、LCSのようなものをイメージしているようですね。しかし、なんとなく、米の真似というか、追従というか。まあ、実際の船が登場しないと分かりませんけれど。

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戦車300両まで削減

 マセラッティは一日お休みして別の話。
 400両に減らされた戦車の定数が更に300両に減らす話があるようですね。少し前に検討中という記事が新聞に出ていました。現有の90式だけで約340両。10式も既に50両は調達していますから、74式を全部退役させても、400両は残ります。それから更に100両減らすとすると、しばらく前に述べた機動戦闘車は、戦車とみなさないという判断がされたということでしょうか?機動戦闘車も戦車だとして、総数300両だと、90式はほとんど退役、10式と機動戦闘車で300両になってしまうでしょうから。
 ここまで減るとしたら、もう第7師団も戦車を削るしかないでしょうね。師団の戦車も中隊規模にするしかないでしょう。1個中隊14両として、90式約200両14個中隊、10式約100両7個中隊。それぞれ教育用に1個中隊分とるとして、実戦部隊にはそれぞれ13個中隊と6個中隊。第7師団を1個戦車連隊減らして2個戦車連隊にするとしても、1個連隊5個中隊として、10個中隊。残り9個中隊。もう師団、旅団に1個中隊配属も無理ですね。北海道2個、東北1個、東部2個、中部2個、西部2個ところでしょうか?いやあ、これは戦車をばら撒き直ぐでしょうねえ。
 機動戦闘車をどれだけ調達するかにもよりますが、元々が400両というのを念頭におくと財務省からすると100両程度を考えるでしょうね。1個中隊14両なら、7個中隊。教育用に1個中隊とられると6個中隊。もう一度考え直すと
          北海道 東北  東部 中部 西部 中央即応集団 教育用 合計
90式中隊     13  0    0   0   0   0         1    14
10式中隊     0   1    2   1   2   0         1    7
機動戦闘車中隊 0   1    1   2   1   1         1    7
こんなところでしょうか。90式は北海道集中配備。第7師団に2個連隊10個中隊、他に1個中隊ずつを想定しています。東部に戦車が2個中隊あるのは、富士の演習場があるので。西部の2個は対中にらみです。しかし・・・機動戦闘車も含めて、北海道以外は方面隊に1個大隊(しかも小さい)程度。いいのかなあ、これで。確かに当分、本土決戦なんてありえないでしょうけれど・・・・。

 でも、こうしてみると、なんか90式が他と比べると多すぎるようにも見えてしまいますね。特に財務省的には!機動戦闘車も戦車だ!とか言われて、
          北海道 東北  東部 中部 西部 中央即応集団 教育用 合計
90式中隊     6   0    0   0   0   0         1     7
10式中隊     0   1    2   1   2   0         1     7
機動戦闘車中隊 0   1    1   2   1   1         1     7

なんてこともあるかも・・・・。もう第7機甲師団ではなく、1個戦車連隊を有する機械化師団か、機甲旅団化するしかないですね。

 とここまで書いていて、もう少し見直してから書き込もうと思ったら、11月21日の朝のNHKのニュースで、戦車300両まで削減、北海道と九州に集中配備、機動戦闘車は200両調達の方針と言っていました。護衛艦を増やすという話もしていましたが。なるほど、そうきましたか。では、とりあえず機動戦闘車は戦車ではないということで話はついたのですね。
 そうすると
           北海道 東北  東部 中部 西部 中央即応集団 教育用 合計
90式中隊     13   0    0   0   0   0         1    14
10式中隊     0    0    0   0   6   0         1    7
機動戦闘車中隊 0    2    3   3   0   3         1    14

 というところでしょうか?機動戦闘車中隊は大隊編成をとるのか、師団機動戦闘車隊にするのか、即応集団は減らして方面隊分を増やして大隊編成もありでしょうが。

 いや、10式の調達数が100両に届かず、
          北海道 東北  東部 中部 西部 中央即応集団 教育用 合計
90式中隊     15  0    0   0   0   0         1    16
10式中隊     0   0    0   0   4   0         1    5
機動戦闘車中隊 0   2    3   3   0   3         1    14

なんてこともあるかも?この場合、90式は第7師団に2個連隊5個中隊、第2師団に1個大隊3個中隊、第5及び11旅団に1個中隊ずつ、です。西部は2個中隊編成の2個大隊。まあ、別に北海道にも10式を配備しても良いのですけどね。

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遊就館

 先週の出来事を今頃書いています(苦笑)。先週の土曜日にエリーゼのバッテリーを交換したのですが、これは日曜日、相方がお料理教室だったので、ほぼ一日自由になる・・・はずだったからです。エリーゼで出かけられるように準備していたのですが、土曜日も予報にない雨が降り、日曜日も遅くなると雨が降るとの予報。こりゃ、きっとエリーゼで出かけたら午後には降られるぞと思って、相方に送迎するよと言ってしまいました。
 なので、日曜日はクーガ。相方を都心のお料理教室まで送り届けた後、終了予定時間まで6時間ほどあったので、まずは、前から一度行ってみようと思って一度も行っていなかった靖国神社の遊就館を見に行くことにしました。まあ、2時間もあれば見終わるだろうし、その後、オーセンさんにでもいって、12ヶ月点検の相談でもするかなと、軽く考えていました。
 いったら、たくさんの観光バスはとまっているは、骨董市やっているは、想像以上の人出。ちょっと驚きました。七五三もやっているようでした。外国人観光客も結構いましたね。白人系だけではなく、中国人(言葉から)と思われる人も。大灯篭には色々な戦闘の場面を描いたレリーフがはめられているのですね。
Ykreleaf1Ykreleaf2
 別に参拝する訳ではないので、遊就館の方へ。軍用犬と軍用馬、それに軍用鳩の慰霊の銅像がありました。
Ykdh
犬は当然シェパードです。
Ykdog
靖国神社や戦前の日本軍の是非はとりあえずおいといて、動物も忘れないのは日本の良いところだと思います。それから海防艦も。
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なかなか良く出た青銅製?の海防艦の模型と戦没艦の名前が刻まれていました。海防艦なんて忘れ去られることが多いですが・・・。まあ、それを言うと海上護衛に駆り出された各種艦艇の名前も同様に刻んで欲しい気はしました。
 さて、遊就館です。有名だと思いますが、玄関入って1階には零戦が展示されています。回収された複数機を元に復元されたもので、52型。
YkzeroYkzerocokpitYkzeroengineYkzerogearYkzerogearinYkzerowingYkzerofuck
  まあ、零戦そのものはそれなりの数残っているので、目玉というほどではないですね。横にあった九九式20粍機銃の方が興味深かったです。
Ykzero20mm
ドラム式弾装がちゃんとついていました。
Ykzero20mm2Ykzero20mm3
 泰緬鉄道で使われていたC56蒸気機関車もありましたが、私は鉄ちゃんじゃないので余りよくわかりませんが、これは結構きれいでした。
Ykc56Ykc56iYkc56w

 そして、八九式十五糎加農砲と九六式十五糎榴弾砲です。旧陸軍のこのクラスの砲は見たことがありません。どちらも15センチですが、当然、カノンの方が砲身が長いです。どちらも戦場から回収されたものなので、あちこちに傷があります。どちらも砲の尾栓がちゃんとありましたが、これは復元したものなんでしょうか?それとも破壊する余裕もなかったのか、操作していた兵員もろともにやられてしまったのか・・・。十五榴のタイヤにはゴム(だと思いますが)が残っていましたが、十五加農にはありませんでした。
十五榴

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十五加農
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 さて、以上はいわばロビーに展示されているもので、本当の有料の展示室は2階(から入る)です。ただし、展示室は撮影禁止なので、以降、写真はありません。動画を上映する部屋が二つあり、一つは50分のドキュメント、もう一つは2時間の映画を上映していましたが、時間がかかるので今回はパスしました(後でこれは大正解だとわかる)。
 展示室は1から19と、大展示室、それと特設展示室、特別展(一度外にでる)と22個もあり、時間がかかります。古代の鎧、兜、太刀などから中世へ。本来は武器ではありますが、刀身は見ていると引き込まれそうになる時があります。そして、戊辰戦争、西南戦争へ。この辺からは、戦争のパネル展示と遺品、遺書が中心でした。というか、これ以降は、基本的にそういう展示です。日清戦争、WWI、シベリア出兵、満州事変、上海事変、日中戦争(展示上はシナ事変)、そして太平洋戦争(展示上は大東亜戦争)。いずれも同じスタイルでした。全体的に今時の博物館風の展示形式でしたし。
 意外とというとおかしいかもしれませんが、展示、説明は客観的で、説明のパネル展示は概ね国博での展示と同等と思えるものでした。戦争を正当化、美化するようなものは余りありません(戦争の名称はとりあえずおいときます)。日中戦争中のニュース映画を上映していましたが、この中身は当時の宣伝ですから、そういう内容なのは当たり前です。正当化の主張を感じられたのは日露戦争で黄色人種が白人に勝ったと各国で歓迎されたという記述(ただし、これはこれで事実に反する訳ではないので、正当化というといいすぎ)と太平洋戦争の結果、アジア諸国の独立につながったという記述(これも日本の戦争目的がアジア諸国の解放ではなかったにせよ、結果的にその手助けをしたのも事実)、それと満州は元々漢民族の土地ではないという歴史的経緯の説明位でしょう。最後のもまた事実ではありますが、とはいえ、それは日本が作り上げた満州国を正当化出来るものではありません。もっとも、満州国そのものを明確に正当化する記述ではありませんでした。
 後は、A級戦犯の展示の評価は議論を呼ぶでしょうが、これは合祀問題と同一なのでここでは論評を避けます。後、パール判事の展示は・・・本人には嫌がられるかもしれませんね(苦笑)。
 九七式中戦車が展示されている、ということ以外は余り前知識を持たずに行ったので、予想と結構違っていました。大展示室を除けば武器の展示はほとんどありません。小銃や拳銃も展示されていたのは戦場から回収された(遺骨収集の際に)ものだけでした。意外と言えば意外ですけれど、よくよく考えてみれば、靖国神社はその手法、形式には議論の余地があるとはいえ、慰霊のためのものですから、当たり前かもしれません。九七式中戦車を見に行くためにやってきた私の方が不謹慎だったかもしれません。ただ、空襲などの一般人の犠牲者や日本人以外の犠牲者についてふれた展示が見当たらないのは残念でした。それがあれば、よかったのですが。
 さて、大展示室です。ここは彗星と桜花のところに撮影禁止の表示があったので、それ以外は撮影しても良いのではないか、とも思えたのですが、展示室内は撮影禁止と最初に書かれていたこともあり、悩みました。係りの人がいれば聞けばよいのですけれど、ここが普通の博物館と違って、特に展示室毎にだれかいるわけではありません。
 今回の主役の九七式中戦車。実物を間近で見たのは初めてです。以前も文章を書きましたが、批判ばかりされている九七式中戦車ですが、これはこれで悪いものだとは思いません。1938年(九七式なので、1937年のはずですが、生産開始されたのは1938年)当時の戦車として見れば、駄作ではありえません。これはあくまで歩兵支援のための戦車であって、対戦車戦闘用の戦車ではありません。対戦車戦以外で評価すれば、実績も含めれば、傑作とまではいえないかもしれませんが、十分評価出来ます。
 さて、実物を見た感想ですが、まず意外と大きい、と思いました。九七式中戦車が大きい?はい、大きいです。勿論、戦後の戦車と比べれば小さいです。けれど、自分と比べれば、小さいとは言えません。例えば、自分が歩兵で九七式中戦車と対峙したとします。一人の人間と比べれば十分巨大で圧倒されます。仮に携行対戦車火器を持っていたとしても、これを攻撃するには度胸がいります。自分でやれるか?といわれると・・・怯みます。なので、歩兵支援戦車としてみれば、十分有力だと思います。1938年当時には、バズーカ砲の類はありませんでしたからね。対戦車砲(37mm程度が当時の標準)か対戦車銃程度。そう見れば、決して非力な戦車ではありません。歩兵支援戦車というコンセプトはその後、誤りだとわかりますが、当時は他国でも見られたものです。
 ただし、それを終戦まで使い付けたというのは問題ですけれが・・・。せめて1941年には97式中戦車改に生産が切り替わっていれば。そして、1942年には一式中戦車に切り替わり、1943年から三式中戦車の製造が開始されていれば・・・。でも、これは対ソ戦から対米戦にかわってしまったためでしょう。ときときしか出番の無い戦車にそれほど投資出来ません。その分、陸軍は航空機に投資したのですから。対米戦ならそれが正解でしょう。
 ちょうどそばに陸軍の75mm高射砲と海軍の3インチ高角砲が展示されていましたが、どちらもこの車体に旋回砲塔形式で搭載するのは無理があります。同じ75mmでも山砲なら砲等を大きくすれば載りそうです・・・実際に載せたのですけれど。そういう意味では、もう一回り車体を大きくしておけば・・・と思いますが、これでも当時は大きい方を選択していますからね。また、そうであるが故になんとか、一式中戦車、三式中戦車や砲戦車に発展することが出来た訳ですが。
 装甲は最大25mmですが、車体の接合部分や砲等の端を下から見るとその程度の厚さであることがわかります。また、車体前部のハッチは操縦手の視察口などがやはり防御上の弱点と思えます。それと車体から立ち上がってその上に砲塔が載っているのですが、立ち上がった部分(操縦手の視察口や車体機銃がある部分)は被弾しやすそうです。まあ、どの道、戦車と撃ち合えばどこでも貫通されますが・・・。
 それと車体機銃がある反面、主砲の同軸機銃はないのですよね。その代わり、砲等後部に機銃がついていますが。これはやはり同軸機銃は欲しいところでしょう。
 車体後部を横から除くとエンジンルーム上部側面にスリットがあり、エンジンが見えます。シリンダーの数を数えたら、片側6個で、あー、そうか、V12だったんだとその時に思い出しました。空冷エンジンなので、車体後部の防御力は低いといわざるを得ませんが、まあ、メルカバを除けば、どの戦車も後部は弱い(相対的に)でしょう。
 陸奥の14cm副砲は実物を見ると巨大です。15cm野砲と比べても大きく見えます。回天は小さいような大きいような。当然ながら海龍と比べると小さいですが。これで体当たり・・・震洋や桜花よりはましですけれど・・・。
 彗星は実物は初めてみました。隙間から見ると倒立V12が見えました。実物をみてから、あれ?倒立なんだと思い出しました(苦笑)。何故か、着艦フックはついていませんでした。7.7mm機銃はこうしてみると決して小さくはありませんね。ここに12.7mmは無理か。でも、7.7mmじゃ、よほど運が良くないと効果はありませんよねえ。
 壁際に沖縄戦の航空特攻のジオラマ。そこにも出てくる桜花は天井からつるされていますが、コクピットが飛び出していて、空力的に十分考えられたとは思えない代物。仮にどうしても特攻せよといわれたとしても、せめて、零戦か彗星にしたいです。桜花じゃ死んでも死に切れません。震洋もそうです。20kt台の速度でどうしろというのでしょう。まあ、似たような速度の魚雷艇もあったのですけれど。
 そのほか、現在のソロモンという写真展示もありました。遺骨収集にいった先での現地の様子です。そういえば、内戦していたところもあるのですね。
 一度外にでて特設展「大東亜戦争七十年展II昭和17年ミッドウェー作戦から昭和19年」へ。太平洋戦争中盤(ガダルカナル撤退やアッツやキスカ)関係の展示でした。内容は本展示と似たようなものです。目に付いたのは戦死者の残した日記。一つは米軍が資料として収集し、英訳したのだけが残っていたのでそれをまた和訳したものでしたが。
 本題とは関係ないですが、一つ。戦死者の階級がわかりにくいです。死後、特進しているのですが、展示で明記されている階級が特進前か後か、それをはっきりさせた方が良いと思います。一部は明らかに戦死前の階級でした(知識がある人物)が、特進後のものと思われるのもありました。統一するか(戦死当時)とでもした方が良かったと思います。
 結局、ここだけで4時間以上いました。外を見てまわったのとあわせて5時間以上過ごしてしまいました。そのため、もう相方をお迎えにいかないといけじ、結局、他にはいけませんでした(苦笑)。まあ、相方ときたらここまでゆっくりは見られなかったからいいのかなあ。

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機動戦闘車

 試作車が公開されましたね。
http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20131009-00995/1.htm

 本家に画像が複数
https://picasaweb.google.com/115305223408918522377/MCVManeuverCombatVehicle#5932575838962622114
 動画もあります。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=2XSELk_p2g0
 車体の対して砲塔がかなり大きく見えます。最後の方で横(斜め後ろに近い?)への行進間射撃シーンがありますが、結構安定していますね。10式並とはいかないかもしれませんが、砲安定装置の性能は高そうです。

 この手の装輪戦闘車両はあっても良いと思いますが、果たして国産する意味はあるのでしょうか?予算は限られるのですから、何でも国産する必要は無いと思います。まあ、輸入するとしても、この手の車両だけの輸入では余り意味はないですよね。装輪装甲車ファミリーは輸入しても国産にしても同じファミリーでないと意味はないですから。そういう意味では、ベースの装輪装甲車が国産だから仕方ないのかなあ。もっとも、96式のファミリーではなく、将来の装輪戦闘車両というまだ完成していないシリーズのファミリーのようですけれど(96式は小松だし)。APC、ICV、偵察型などなど色々計画はされているようですが・・・しかし、戦車砲搭載機動戦闘車型が先に出来るというのは?普通は基本のAPC型を作ってそのバリエーション、だと思いますが・・・・。また、機動戦闘車としての性能を優先しているっぽいので、車体は共用できず、サスペンションや駆動系程度でしょうか?エンジンもそのままではないにせよ、一応は同じなのかなあ?
 性能、能力は十分かどうかは、よくわかりませんけれど。まあ、機動力と火力は十分でしょう。問題は防御力でしょう。戦車じゃないので、最良で砲塔前面は歩兵携行対戦車兵器に耐える程度の防御力でしょうか?車体は、精々、12.7mm機銃程度?96式の防御力はよくわかりませんけど、砲弾の弾片または小銃弾耐弾程度でしょうから、同じ程度かもしれません。96式も増加装甲をつけたバージョンもあるので、同様に増加装甲はつけられるか、それに等しい程度の防御力はあるかもしれません。車体の写真を見ると何か箱状の装甲が取り付けられているように見えなくもありません。
 でも、これは、本当に必要なんでしょうか?もちろん、あれば役立つでしょうけれど、予算が限られる中で新規に開発して調達する必要がある装備でしょうか?離島防衛やらゲリコマ対策に役に立つという話ではありますけれど、25-35mm機銃やらグレネードランチャーじゃ駄目なんでしょうか?戦車砲はそりゃ、威力はありますし、対戦車戦闘ですらこなせるから良いでしょうけれど、その分、砲塔は大きく重たくなります。だったら、必要な武器を搭載したコンパクトな砲塔にして、その分、防御に重量を回した方が良いのではないかと思います。元込め式の迫撃砲でも良いでしょう。まあ、74式と弾薬を共有するという名目はあるようですけれど。これとは別に40mmテレスコープ弾を使うICV型や偵察型の開発もするようですけれど、それがあれば、後は自走砲型があればいいような。自走砲型も開発するようですけれど。
 まあ、あれかなあ。74式を全部10式と置き換えるのは無理(お金が無い)から、一部は10式で置き換えて、残りはこの機動戦闘車で置き換えるということなんですかね。まあ、それならわからないでもないです。もっとも、そうだとすると価格が安くないと駄目ですけれど、でも、やっぱり、3、4億円はするのかな?90式は9億位、96式は1億位のようですが。
 なお、その場合には、陸自の戦車部隊の編成も大きく変わるのでしょうね。第7師団と第2戦車連隊などに戦車は集中配備して、他の戦車大隊、戦車中隊は、この機動戦闘車で置き換えていく、ということが考えられます。各方面隊に1個大隊ずつ位は戦車を残すかもしれませんが。
90式が340両ほどなので、戦車連隊が5個中隊で約70両(1個中隊4x3=12+2=14として)として、4個戦車連隊で280両。教育用に30両程度として、もう30両残るか。じゃあ、北海道の旅団にそれぞれ1個中隊配備しましょう。これで、90式は基本北海道専用車。10式は東北、東部、中部、西部各方面隊に配備ですね。現段階で50両ほど調達されていますが、防衛大綱で戦車は約400両にするということになっているらしいので・・・あれ?もうこれでほぼ22大綱で定めた400両ですね。(^^;ふむ。教育用のを除けば、10式は精々3個中隊。(^^;初期調達の90式を10式で置き換えることはあるかもしれませんが。
 そうすると機動戦闘車はどうするのでしょう?財務省は戦車だ!というでしょうから・・・・。うーん、やっぱり必要性が良くわかりません。まあ、防衛省と財務省の綱引きの結果次第かもしれませんね。本格的な侵攻事態が生起する可能性が低いとして戦車、火砲を減らす訳ですから、戦車、火砲の枠外で、ゲリコマ、島嶼防衛用装備を持たせろ!でなんとか。
 とりあえず、機動戦闘車は戦車じゃないとして(なんか、歩兵が戦車を持っていたので、騎兵が実質軽戦車である装甲車を装備した時みたいにですが・・・)考えて見ます。
 前述の様に戦車は北海道の4個戦車連隊に90式を集中配備。初期調達の90式は10式で更新。90式は教育用(教導隊含む)とあわせて、約310両。残り90両が10式。教育用約20両、1個中隊14両として、5個中隊で70両。東北方面1個中隊、東部方面1個中隊、中部方面2個中隊、西部方面1個中隊。以上で戦車約400両。
 16大綱では戦車600両だったので、200両減る分を機動戦闘車で置き換え。教育用に30両として、1個中隊14両で12個中隊は編成出来ますね。師団には大隊(3個中隊)、旅団は中隊として、空中機動したいな旅団の第12旅団はなしとして、北部方面以外に配備するとしたら、東北6個中隊、東部3個中隊、中部8個中隊、西部7個中隊、合計24個中隊。戦車が配備される5個中隊を除いても19個中隊必要。全然足りません(苦笑)。仕方ないので大隊は2個中隊にすると、戦車中隊分を除けば、東北3個中隊、東部1個中隊、中部5個中隊、西部4個中隊、合計13個中隊。まあ、1個中隊位はおまけしてもらいましょうか(財務省に)。もしくは、現状と同じ第15旅団にはなしで、それでちょうど12個中隊。ま、こんなところでしょうか。でも、西部方面普通化連隊を基幹に新編されるという水陸両用戦部隊にも1個中隊程度は必要かもしれませんね。まあ、1個中隊程度ですからなんとかなるでしょう。1個中隊13両に減らせば1個中隊は増やせるし。
 しかし、96式装輪装甲車が360両程度しか生産されていないのに(今後も改良型含めて追加されるとはいえ)、200両も作れるかなあ?まあ、戦車の方がAPCより多いのは日本の伝統だから、それよりはましですか(笑)。しかし、10式があること、戦車が400両とされていることを考えると、やっぱり開発、装備する意義が良く分からないですね。その分の予算で96式まどの装甲車を調達すべきではないかと思います。

 もし、財務省があくまで機動戦闘車も戦車だと言い張ったら?その時は機動戦闘車を開発する意味はないですよねえ。10式と機動戦闘車で残り60両程度の枠をあわそうのでは・・・。勿論、10式や機動戦闘車の調達ペースは遅いでしょうから、古くなった90式と置き換えることはありえますが。10式の調達がどれだけの期間継続するかわかりませんが、10年先なら、初期の90式は30年近くなるますから、10式で置き換えてもおかしくないでしょう。
 総数で教育用は別にして、400両だとすると1個中隊14両として、28個中隊。すくな。(^^;これだと基本、師団と旅団は1個中隊ずつですね。第7師団ですら、5個中隊連隊3個なんて無理(それだけで半分以上の戦車を配備することになるので)。4個中隊連隊3個(それって、大隊やん・・というのはとりあえずおいてて)。後は、一部師団(4個師団)だけ2個中隊で、8個。後は第12と15旅団以外に1個ずつで、合計28個中隊。戦車は北海道分16個中隊、後は北海道以外の師団の内、2個中隊配備の場合1個中隊戦車として3個だから、19個中隊が戦車(266両)、機動戦闘車が9個中隊(126両)。そんなところでしょうか。最終的には戦車は過半は10式で置き換えになるのでしょう。まあ、機動戦闘車を減らして(あくまでニッチなものだから)、その分、10式ということもあるかもしれません。逆に第7師団は3個連隊はやめて、2個連隊(10個中隊)にして、減らした2個中隊を他(水陸両用戦部隊とか)に配備の方がいいかもしれません。また、連隊なんだから、6個中隊連隊2個で中隊数は同じとか。

 話を戻して、次期装輪装甲車ファミリーが実現化するとして、それはどこに配備するかでしょう。現状は、演習場などの関係もあり、北海道中に配備されていますが、さすがに輪装甲車はそうではないですよね?もっともその場合、第7師団の装備がそのうち旧式なまま更新されないことになってしまいますが・・・。89式は70両程度しか結局、生産されておらず、第11普通化連隊ですら全部の中隊に装備されていないという代物です。なんか89式の後継は次期装輪装甲車ファミリーになりそうな感じもしますが、そうすると戦車以外は装輪装甲車?それはそれでも良いのですけれど・・・・うーん?すると一部だけ10式戦車で、後は最終的には全部装輪装甲車系ということもあるのかな?考えて見れば、73式の後継車は開発されず、96式にで置き換えられていますからね。だとすると第7師団もそのうち、装輪式が中心?それはそれでいいのかなあ?装軌式は?装軌式で必要な気もしますが・・・・。まあ、割り切りかなあ。結局、日本の国土を考えたら、装輪式で走れなくて、装軌式が走れるところがどれだけあるか?もし、装輪式でファミリー化によりコストダウンできるのなら、それはそれで一つの手でしょうね。ただし、もし、敵のMBTと戦う場面が出た時に備えて、戦車だけは維持と。

 そうであれば、90式が引退した後は、400両の戦車枠のうち、半分程度は10式、残り半分は機動戦闘車ということもありえますね。90式はMBTというよりも自走対戦車砲・・・戦車駆逐車的な運用になるかもしれませんが。

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チャンドラ・ボーズ

 光人社NF文庫稲垣武著「革命家 祖国解放に燃えた英雄の生涯 チャンドラ・ボーズ」を読みました。この本はボーズについて書かれているので、当然のように、ボーズは偉大だったという内容になっていますし、この本を読んでいるとインド独立はボーズとインド国民軍の功績が大きいと受け取れます。
 が、私は興味深かったのはそこではなく、ガンディーについてです。ガンディーのイメージは非暴力非服従運動で、なんとうか、聖人、それこそ仏陀の生まれ変わりみたいなものがあると思います。ですが、この本で、いわば、ボーズのライバル(直接のライバルはネールかな?)として描かれているガンディーは、一言で言えば、「強かな政治家」です。ボーズが理想と理念の人だとすると、ガンディーはしばしば英と妥協し、理想よりも現実を選ぶ人であり、政治的な駆け引きに長けた人物です。そして、結果的に、ガンディーは独立にほとんど寄与することなく死んだ、という風に受け取れます。どちらが正しいかは別にして、視点が変われば、その人の評価も変わるということだなと思いました。
 どちらが好きか?個人的に付き合うならボーズですね。でも、公的に付き合うのならガンディーでしょう(あくまでのこの本の描写の)。理想のために信念を持って突き進む人は良い人でしょうが、一緒に仕事をすると大変です。現実には妥協が必要ですから(別にボーズがまったく妥協しないという意味ではないですが)。ガンディーはうさんくさいですが、仕事上の付き合いならうまくいきそうです。

 ボーズとは直接関係ないですが、面白かったのはインド国民軍の将兵が英国式で訓練を受けてそれになれていたので、車両ではなく、徒歩で移動させられた時に日本軍は自分達を冷遇していたと感じた下りです。いや、まあ、優遇していたとはいえないのでしょうけれど、何せ、帝国陸軍では一部の機械化(というか、正確には自動車化か)部隊を除けば、徒歩で移動は当たり前ですからね。勿論、車両や列車も使いますけれど、常に車両で移動ではありません。双方の文化・風習の違いで軋轢もうまれたようです。

 インド国民軍がインドへ突入できた可能性はほとんどありませんが(日本にその意思と能力が無かったので)、仮にボーズが早いうちに日本に亡命していて、開戦後、マレー半島へいって投降を呼びかけまくり、インド国民軍がより早期に成立、整備されていたらどうでしょう?日本にその意思があれば、1942年のうちなら、インドへ突入も絶対無理だったとはいえないようにも思います。
 ただ、そうなった時にそれがインド独立にどれだけつながるかは別の話でしょうけれど。もしかすると逆効果になったかもしれませんし。
 また、ボーズが独立インドの首班であったとしたら、どうなったでしょうね?ボーズは宗教対立を解消して一つのインドを目指していたので、印パ戦争は発生しない代わりに長い内戦に突入したのかもしれません。

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いずも

 結局、そのまま「いずも」でした。海自衛のサイトにはまだでていなかったので新聞のですが。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130806-OYT1T00922.htm
 しかし、これで空母じゃないというのは無理がありますね。飛龍型どころか、ヨークタウン級なみですからね。時代が違うとはいえ・・。それにVSTOL空母として建造された空母と比べても最大級。

 さて、24DDHはなんと命名されるでしょう?前回は「かが」にしておきましたが・・・うーん、改めてみるとバランスが悪いような・・・。「やまと」くるのかなあ・・・。

 少し変わって、沖縄でHH60が墜落しましたが、同型機を飛行停止にするとか。同型って・・・・HH60だけ?まさかxH60全部?やっぱりHH60だけかな?こういうごまかしみたいなこと、私も仕事でやる時ありますけれど(苦笑)。反対反対というなら、その位は突っ込まないと・・すでにしているのかな?

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