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幻の航空母艦:雲龍型で良かったのか?

 光人舎NF文庫、大内健二著、「幻の航空母艦」を読んだのですが、その直接の感想ではないのですが、読んで思ったことです。この本では雲龍型(以降、雲龍と天城、葛城など改雲龍型も合わせて、「雲龍型」と称します)とコロッサス級及びマジェスティック級空母も取り上げられています。個人的にはどちらも幻でもなければ忘れさられた空母でもありませんが(苦笑)。これらは日英の戦時急造空母(雲龍は違う!という意見もあるとは思いますが、とりあえず、改雲龍型と一緒に扱います)です。これらに相当する米の戦時急造空母はインデペンデンス級及びサイパン級と考えておきます。実際にはエセックス級をの戦時急造しているようなものですが(苦笑)。雲龍型と建造期間が変わりません。インデペンデンス級は建造途中の軽巡を改造したものであり、ちょっと性格が違うので、今回は日英の戦時急造空母だけを比較してみたいと思います。
 結論から言えば、一般的には評価が高いと言えない雲龍型ですが、ある一点を除けばコロッサス級及びマジェスティック級空母よりもWWII型空母としては優れていると考えます。まず、緒元を比較してみましょう。

雲龍型:約18000t、34(32)kt、57+8機、飛行甲板216.9mx27m、格納庫2段(約5735平方m?)
コロッサス級:約13000t(個艦で違う)、25kt、48機、飛行甲板210x24m、格納庫1段(約1600平方m?)
マジェスティック級:約14000t、25kt、34機、飛行甲板210x24m、格納庫1段(約1600平方m?)

 数字は基本的にはこの本とそこに記述されていないものは世界の艦船別冊の「イギリス航空母艦史」と「日本航空母艦史」を元にして、更に不足するものは後述の資料1を使っています。

 本に搭載機数は何をどう搭載するかにより変わるので余りあてになりません。マジェスティック級の方が搭載機数が少ないのは想定している機体が違うだけでしょう。更に言えば、マジェスティック級は原設計のまま完成したのは少数ですし、この数字の比較には意味はないと思います。資料1ではマグニフィセントは37機になっています。資料1では飛行甲板と格納庫の広さはどちらも同じ数字です。格納庫は約84mx約16mと書かれています。後部リフトの後ろに長さ17.4mの空間があるとあるのでそれを合わせると約101x約16mになるので、単純に面積を出すと約1600平方m。48機で割ると1機当たり約33.3平方mです。37機で割ると43.2平方m。どちらにしても全数を格納庫に収められるとは思えません。英空母ながら露天繋止も含めた数字でしょう。1945年に42機と資料1に書かれています。この場合だと約38.1平方です。

 さて、次は雲龍型です。格納庫の広さは手持ちの資料では見つかりませんでした(書庫の管理が悪いので資料そのものが見つかっていないのもあるけれど。(^^;;)が、以下に蒼龍で約5735平方mという数字があります。
http://kokoteikoku.web.fc2.com/Zakki/Nkubotousaikisu.html
 元資料を発掘出来なかったので孫引きになってしまいますが、書き間違いがないとして元のが大塚好古氏なのと他空母の数値と比較からすると大ざっぱには信頼できそうです。雲龍型はリフトが3基から2基に減少しているのでその面積分格納庫は広がっているはずです。リフトそのものが大型化されているのでその分は減少しますが、差引すると面積増えているはずです。少なくとも同等以上と考えて大きな間違いはないと思います。とりあえず蒼龍と同じ約5700平方mと考えておきます。
 雲龍型の搭載機数は烈風、流星、彩雲なら51+2機という数字もあります。57機は零戦21、99艦爆18、97艦攻18機の場合でしょう。57機として、1機当たり約100平方mですので、妥当だと思います。日本だって露天繋止していたという意見もありますが、格納庫に収まらないということを直ちに意味しないでしょう。というか、日本の搭載機は実際の搭載能力ではなく、その時の定数でしょう。まあ、5700平方mが事実なら、57機のほとんどは格納庫に入ると思います。補用機が蒼龍飛龍から減少しているのは搭載力が低下したのではなく、余り実用的でなかったので定数が削減されただけではないかとも思います。そもそも言われている数の補用機を作戦時に実際に搭載していたのかもよくわかりません。
 当然ながら、雲龍型の方が大きいですから搭載機数も多いのは当たり前です。格納庫の面積を比較すれば、雲龍型も約5700平方mとするとコロッサス・マジェスティック級の3倍以上あります。搭載する機体が違うので一概には比較出来ませんが、コロッサス及びマジェスティック級は格納庫内だけなら米国製艦載機を詰め込んでもまあ30機入るかどうか位でないでしょうか。インデペンデンス級もその位のようです。カタパルトがあるので雲龍型よりも飛行甲板に搭載出来る数は多いとはいえ、雲龍型が概ね50%位多い(搭載機はあくまでそれぞれの国が使っていたもので)と思います。速力も戦時急造空母といっても正規空母並みです。

 雲龍型は、簡易飛龍型であり、もっと簡易で短期間で建造出来る空母にすべきだったという意見もありますが、蒼龍、飛龍が約3年かかっているのに対し、竣工した3隻は雲龍で約2年、天城と葛城は約22ヶ月で完成しています。これに対してコロッサス級は2年以上かかっています(早いのでも進水まで1年)。航空機修理艦含めて10隻が竣工したコロッサス級ですが、対日戦含めて戦争終了前に完成したのは5隻ですが、戦争に間にあったといえるのはコロッサス位です。1944年までに完成したのは雲龍型3隻に対して、コロッサス級1隻のみです。
 もちろん、それぞれの状況の違いはあります。英は戦況の好転によりコロッサス級の必要性は薄れたので建造のペースは落とされた可能性はあります。とはいえ、計画から二年半かからず天城と葛城が完成しているのはもっと評価されても良いと思います。雲龍含めてこの3隻が事実上何も出来なかったのは搭載機がなかったためです。仮に搭載機があれば、雲龍と天城は捷一号作戦に参加することは不可能ではありません(とはいえ、竣工2ヶ月では非常に厳しいですが)。
 結局、雲龍型が使い道がなかったのは搭載機がなかったためであり、雲龍型そのものの問題ではないでしょう。仮に一年早く完成していたとしても、マリアナ沖海戦当時ですら十分な搭載機は用意出来なかったと思われます(飛鷹、隼鷹の搭載を移して代わりに参戦する程度では?)。ミッドウェー海戦の後、海軍は空母の大量整備に乗り出しますが、結局、空母が不足(搭載機とその搭乗員はいるのに空母がないから陸上機として使うしかない)することはなく、1943年以降は慢性的に航空機(陸上機含む)が不足していました。結果論から言えば、雲龍型を建造してもしなくても同じでした(苦笑)。もし、十分な数の搭載機が用意出来れば、雲龍型はコロッサス級よりも活躍できたはずです。

 ただし、雲龍型がコロッサス級に劣っている点もあります。それは言わずと知れたカタパルトが無いことです。カタパルトのおかげで空母としては低速のコロッサス級でも航空機の運用には問題はありませんでした。更に格納庫を1段として高さが5.3mと比較的高かったこともあり、改造の上、戦後も多くの国で長期間使われ続けました。雲龍型が戦争を生き残り、日本の空母の保有が認められたとしても、2段式であるが故に高さが低い格納庫では搭載出来るジェット機は限られ、コロッサス級のように長期間使用することは難しかったと思われます。まあ、二段式の格納庫を一段式に改造すれば話は違いますが(出来るかどうかはわかりません)。また、天山や流星を運用するには飛行甲板の長さが不足する(発進させられる数が減る)問題もあるでしょう。ただ、結局、流星は間に合わなかったので結果論から言えば余り問題にはならなかったとも言えます。いずれにせよ、雲龍型は当時の日本が建造出来たもっともコストパフォーマンスが良い空母であったと思います。もし、実用的な空母用カタパルトを実用化出来ればもっと簡易な空母を建造することも選択肢の一つだったでしょうけれど。

 まあ、結局、艦隊型(向け)戦時急造空母で役に立ったのは、インデペンデンス級だけですよねえ。インデペンデンス級がなければ米の反攻は半年から一年遅れたのではないでしょうか?もっとも一番優れていた・活躍した「戦時急造空母」はやはりエセックス級です。正規大型空母を二年未満(早いのは一年半)で量産されたら、やってられません(苦笑)。
 コロッサス級は概ね同時に10隻建造ですので、3隻だった雲龍型とは比べものになりません。建造中の他の大型艦を即座に中止しても日本には雲龍型を一挙に10隻建造することは資源がはいってきても出来ません。現実的ではありませんが、修理、整備を無視して、使えるドック・船台を全て使って建造したとしても、10隻は無理でしょうね。可能なのはやはり、横須賀、呉、長崎で2隻ずつの6隻が限界でしょう。神戸は大鳳の建造を中止する訳にはいかないでしょうから。実際には他の艦艇の建造などもありますが、同時建造は4隻程度(史実では3隻)にとどまる可能性も高いと思います。

 これまた結果論で言えば、雲龍型は建造せず、大和型を2隻で打ち切り、大鳳を5隻建造する方がまだ良かったかもしれません。大鳳なら天山、流星も運用出来るでしょう。110号艦と111号艦の代わりに起工すれば1943年中に2隻完成します。大和と武蔵が進水した後に起工すれば1944年前半に完成します。マリアナ沖海戦には大鳳型5隻をぎりぎり揃えることが出来ます。手間がかかるのと当然資材も必要ですが、信濃と起工した雲龍型6隻と大鳳型4隻なら、同じ位ではないでしょうか?111号艦の分は史実でも流用されているでしょうから、除外するとして。5隻は無理でも史実の大鳳に加えて後3隻なら可能に思えます。
 同じやり方でやれば、雲龍型ならもっと多く建造は出来ます。1940年の段階で雲龍型の大量建造に踏み切れるとは思いませんが、エセックス級の数に可能な限り対抗しようとしたとすれば不可能ではないでしょう。その場合、1942年後半から遅くても1943年初頭に7隻の雲龍型を完成させることは可能だと思います。そして一年遅れでもう7隻も作るだけなら作れるでしょう。資材は他から回すしかないですが。まあ、主機は足らないから、過半は駆逐艦の主機転用になるでしょうけど。資材が足りれば更に7隻もなんとか建造は出来るかもしれません。凄い!21隻!!これなら数だけはエセックス級に対抗出来ます・・・・搭載機はありませんが(苦笑)。更に言えば他の艦艇はろくに建造出来なくなるでしょうけど(爆)。

 改め考えてみると帝国海軍は空母の整備は限られた中で結構努力していますが、護衛艦艇は駆逐艦以下は相応に整備したものの巡洋艦は阿賀野型と大淀型だけです。これらの軽巡は所謂5500t型よりは防空能力は高いですが、例えば、米のクリーブランド級にははるかに劣りますし、当然、ボルチモア級とも比較にはなりません。国力の差としか言いようがありませんが、空母よりも戦艦、巡洋艦の建造数の差の方がはるかに大きいと言えます。結局、空母はあっても搭載機がない状況に陥ったことを考えれば、無理に空母を建造するよりももう少し護衛艦艇を建造した方が良かったのではないかと思います。もちろん、これは搭載機が不足したという史実を知っているが故の結果論ではありますが。

 雲龍型を再評価するつもりだったのですけれど、結局、空母の建造よりも搭載機の生産と搭乗員の養成に力を入れるべきだったという結論になってしまいました。(^^;

資料1 "AIRCRAFT CARRIERS OF THE ROYAL AND COMMONWEALTH NAVIES",David Hobbs著、Greenhill Books

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携帯変えました

 5年4ヶ月使ってきたSH-505isの調子が悪いのでとうとうあきらめてFOMAに変えました。ボタン操作していると突然再起動したり、開いた時に画面真っ白で何も表示されなくなったりとどうも基板にクラックが入ったようです。だましだまし使っていましたが、再起不能になえる前に新しいのに買い換えました。NTTがただにするからMOVAからFOMAにしてくれといってくるまで粘るつもりだったんですが(笑)。
 新しいのはSH-02A。別にシャープが好きという訳ではありませんが、一番安いシリーズ中キー操作がまともにできるのはこれだけでした。が、これもSH-505と比べると操作性は悪いです。
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 薄くなったのは良いのですが、薄すぎて持ちにくく、またキーを押した時の感触も良くありません。Thinkpadみたいなキーの携帯・・・・なんてのはないんでしょうね(苦笑)。
 カメラは500万画素!でも、これでも最近の機種の中では画素数は少ない方です。ワンセグチューナーもついています・・・・テストで見ましたが、この後見ることはないでしょうね(苦笑)。
 まあ、携帯はメールと通話とたまにメモ代わりに写真を撮れれば十分なので。さて、今度は何年使えるかな?なんか全体的に剛性感にかけると前回よりは長持ちしそうにありませんが・・・。

 

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