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12/28/19’:最近読んだ本

 タイトルと関係ないですが、腕と背中がまだ痛いです。疲労回復が遅くなったような・・・年だなあ。さて、本題。

中公新書 和田裕弘著「織田信忠 天下人の嫡男」
 正直、影が薄い信忠。すみません、当初、信重と名乗ったことは知りませんでした。著者が指摘するように実績をおいかけていけばほとんど失敗はなく、織田の後継者として着実に経験を積んでいたと言えます。信雄や信孝と比べると確かに器量は上に思えます。本能寺の変で死亡しなければ、織田の家督は維持出来た可能性はありますね。少なくとも秀吉が天下を取ることはないでしょう。家康にしても、普通に行けば先に死にますから、やはり難しそうです。
 反面、信長が信忠の立場だったら、逃げ延びていたであろうと思います(実績からして)。そこは、父信長を超えられなかった点ではありますし、生き残ったとしても、その後、どこかで討ち死にした可能性もあるでしょうね。
 過小評価されている人物に光が当たるのは良いことだと思います。
 なお、本題とは関係ないですが、「城介」殿様と書かれたのを見て、「城介」「殿」「様」と読んでしまい、なんで殿の後ろに更に様までつけるんじゃあ、役職名は呼び捨てだろ!と海軍脳で思ってしまいました(笑)。これ「殿様(とのさま)}ですね。当時、受領名が通称というか呼び名化しており、そこ敬称をつけるのも普通でしたから、陸軍式が本来のやり方で、海軍式が異端というべきでしょうね。そうすると社長様や部長様もおかしいとはいえませんねえ。私は海軍脳なので許しがたいですが(笑)。
中公新書 和田裕弘著「信長公記---戦国覇者の一級資料」
 同じ著者の二冊目(こっちの方が書かれたのは先)です。本編の内容は特別珍しいものではなく、入門書というところですが、序章の「『信長公記』とは」は参考になりました。自筆写本含めて、「信長公記」は色々ありますが、その違いなどが簡単にまとまっています。また、本文でも各所で違いやその理由が説明されています。これを見ると、天理本は余り重用しない方が良いと感じます。
 古い方が記事が多いというのは普通は考えられません。あるとしたら、著者が後から誤りに気がついて削除したか、差しさわりがあったので削除したかでしょう。自筆本であれば、新しい方が情報量が増えるのが自然です。「信長公記」でも、後から、大田牛一が訂正したり、新しい情報を得て追記している部分があります。なので、古いものの写本で情報量が多いとしたら、それは怪しいとかんがえるべきでしょう。内容からして、差しさわりがあったので削除されるようなものでないとすれば、後世の追記と考えるのが自然だと思います。著者も天理本は甫庵信長記の影響があると考えているようです。
 
講談社現代新書 田中雄一著「ノモンハン 責任なく戦い」
 基本的に昨年NHKで放送した番組を書籍化したものです。番組も見ましたが買って見ました。必ずしも辻政信を「悪人」と決めつけてはいません。勿論、大きな責任があるとしてはいますが。それとちょっとノモンハンの影響を過大評価しているような気はします。ノモンハンの戦訓を活かせなかったと批判するのは簡単ですが、この本にも書かれているように「予算」と「生産力」が不足しているので、やろうとしても出来なかった可能性が高いように思います。精神力に頼ったというか、出来ることがそれしかなかったという面もあるでしょう。まあ、日中戦争で予算が増えた面もあるにはありますが、陸軍の近代化を妨げたのは間違いないでしょう。

星海社 黒田基樹著「戦国北条五代」
 これで二度目の改定版だそうですが、新書になったので手軽に読めるようになりました。それぞれの当主と兄弟などを一通り説明しています。著者自身も書いているようにやや古い部分もありますが、後北条氏についてまとまって書かれた良書です。
 過去に主張した説が誤りだとわかると素直に訂正しているのに好感が持てます。

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