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蒙古襲来の新諸説

 熊本で買った本シリーズ第三弾です。
幻冬舎 荒木道信著 「蒙古襲来の新諸説」
の感想ですが・・・・外れでした。買う時にタイトルと帯しか見なくて、出版社を確認していませんでした。他のと同様のローカル系だと思い込んでました。帯には「帯に「勝因は「神風」ではなかった!? 九州地方の神社に伝わる古文書や水中遺跡をもとに蒙古軍撃退の謎を明らかにし真実の扉を開く!」」とあり、真実の扉が引っかかるものの面白そうだと思ったのですが・・・。

 

 まず、中身がばらばらの文章の列挙で、趣旨がいまいちよくわかりません。勝因とやらは明確にかかれていません。汲み取れたのは以下の2点
・文永の役で、蒙古軍は有明海に侵入し、干潟に兵を下ろし、その後満ちてきたので全滅した。
・蒙古に征服された高麗人や漢人(南宋)が日本が勝てるように手助けしてくれた。
です。前者はわざわざそういう行動を取るとは考え難いです。仮に干潟を陸地を間違えて上陸してもずぶずぶだからすぐわかります。干潟を見れば分かると思います。また、明確にそうだといえる根拠も示されていません。後者の内、高麗人がわざと有明海へ誘導したとありますが・・・。具体的な証拠は何もしめされていません。有明海に蒙古軍が侵入したと受け取れる文章が肥後の神社に残されているという程度です。
 ですが、それもどれだけ信頼できるか?後半に
・九州年号和水歴
・倭国(九州)王朝の公年号奴国
・神代文字で書かれた「上記」
などというのがあり、これらは、史学上認められたものではありません。ある古墳を卑弥呼の陵墓と断定しています。私は邪馬台国は九州(恐らく北部九州)に存在した派ですが、卑弥呼の陵墓が特定されたとはまったく考えていません。そうでないか?とされるものはいくつかあるようですが(近畿の含めて)、天皇ですらきちんと特定されていないのが多いことを考えれば、仮に存在(現存)していたとしても、特定は不可能でしょう。それをさらっと卑弥呼の陵墓だと言い切るだけで、この本は信頼出来ません。ついでに言えば、邪馬台国は九州にあった国の一つにすぎず、後の大和朝廷(政権)とは直接関係ないと思っています。九州にあったクニの中で有力だったものの一つ、という程度でしょう。このクニは集落程度の規模にすぎなかったでしょうし。それが地理的に近いため、大陸と通交しており、たまたま記録に残っていて、なんとなく「やまと」に近い名前なので、当時の日本最大の国みたいに言われているだけではないかと思っています。
 話がそれました。更に個人的なとどめは、豊後宇佐八幡宮、豊後中津というのがあると書かれていること。豊後のどこかにも宇佐八幡宮があるんだ。分社かな?後者は旧中津江村?・・・な訳ないでしょう。ミスでしょうね。遠くの人ならともかく肥後の人が何故?私は豊前人です!豊前の人間は豊後と一緒にされる許容出来ません。

#ついでにいうと、別の本ですが、日田を豊前と書いていた人がいたけど、あれもかなりやばい。日田は天領意識が強いしねえ。

 

 なお、 「水中遺跡をもとに」とあるのですが、少なくとも勝因に関する部分ではそのような文章はなく、水中で発見された蒙古の遺物があるというていどで、有明海で調査すれば、私がいうことが正しいことがわかるはずだ(沈んでいる蒙古の軍船があるはず)と書いているだけです。

 見た目よりも中身も薄いし、帰りの電車で読み終わりました。ちゃんと中身と出版社と著者の略歴を確認してかわないと駄目ですね。

11/26/19追記

 Niftyから本記事に対して、該当書籍の著者と思われる人物から権利侵害の申し立てがあったと連絡を受けました。現在、事実関係を確認中です。今から読み返すと失望の余り、表現がきつい部分があるとは認めますが、批判そのものは中傷ではなく、適切なものであると考えます。事実確認後、一部の訂正を行うことを考えていますが、現段階ではこのままにしておきます。

 

12/2/19追記

 Niftyからは返事はなく、同じ内容のメールだけが再度届きました。これでは対応のしようがありません。タイトルと内容の表現に関して適切でなかったと思われる部分だけ修正しました。

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