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国体の本義

 扶桑社新書、佐藤優著「日本国家の神髄 禁書『国体の本義』を読み解く」の感想です。新しい本ではありません。元々は雑誌正論の連載で、2009年に単行本が出され、新書版が発行されたのも2015年1月です。ふと書店で見かけて購入して読んでみました。これは1937年に当時の文部省が発行した「国体の本義」を読み解くものです。全文が引用され、解説がつけられています。

 プロテスタント系キリスト教徒である著者が「国体」について語るのは奇妙な気がしましたが、読めば納得出来ました。著者は「神話」が国・民族にとって重要なものと考えており、また、日本の神話とキリスト教の神話に親和性を感じています。著者は個人主義、新自由主義に反対する立場であり、そのために日本において「国体」の理解・確立が重要であると考えています。それが神道や天皇制に基づくものであっても、キリスト教徒である立場と相反するものではないと考えているようです。

 「国体」と聞いただけで拒絶反応を示す方も多いでしょう。ただ、読んでみれば、「国体の本義」が説くものはそれほど悪いことではありません。むしろ、それが実現されれば、世の中は良くなることでしょう。もちろん、それは天皇を中心とするものであり、個人主義、自由主義は排されます。ただ、それは天皇の命令に常に絶対服従するというものでもありません。一人一人の利益追求ではなく、全体の利益を考えよう、というものであるともいえます。
 立場によって受け取り方は違うでしょう。個人主義、自由主義、そして区別すれば左翼の人には到底受け入れられるものではないでしょう。ただ、日本の民族・国家の成り立ちやこれまでの歴史を踏まえるのなら、「国体の本義」が示す社会は悪いものではないと思います。

 「国体の本義」はファシズムやナチズムを共産主義、無政府主義などと同列に排しています。そして排外主義でもありません。受け入れるべきものは受け入れる、ただし、それはそのまま受け入れるのではなく、日本に合わせたものにして受け入れるとしてます。日本はそれまでそうやって海外から色々なものを取り入れてきた歴史があるのはその通りでしょう。
 そして、異民族であっても、大和心を理解出来れば、日本人になれるとしています。昨今、右よりの人は排外主義がはびこっていますが、それは「国体の本義」ではないのです。フランスに近いでしょうね。フランス語を話し、フランスの文化・習慣にしたがって生活すれば、生まれや人種はどうであれフランス人であるというのに近いと思います。日本は神の国であり、他と違うとしてはいますが、日本人(人種として)だけが優れているのとは必ずしも主張していません。簡単に言えば「国体の本義」を理解し、受け入れ、消火出来れば、その人は「日本人」であるのです。

 とはいえ、今更「国体」でもないでしょう、というのが正直なところです。もはやそれは受け入れられないでしょう。神話を押し付けるのではなく、どういう神話があるのかを学校で教えるのは悪いことではないでしょうが・・・。

 1937年に「国体の本義」が発行され、その後日本は本格的な戦争に突入して負けています。一般的には「国体の本義」が説くような思想により戦争に突入したと考えられがちですが、これを読んだ後は、むしろ、「国体の本義」の思想を実現出来なかったから負ける戦争に突入してしまったと思えました。当時の軍や政府(軍人含む)の人間がどれだけきちんと「国体の本義」を理解していたかは疑問です。表面上はそれを唱えつつ、実際には「本義」から外れていたのではないでしょうか?

 もし、「国体の本義」を理解し、実践しようとしていたのであれば、中国との無謀な戦争にはならないはずです。対米戦はまだしも、中国大陸への侵攻は、「国体の本義」に反しており、ある意味、個人主義によるものと言えなくもありません。日本だけの利益を追求した結果、ですから。また、「国体の本義」の本質とは異なり、日本は神の国だ、他とは違うと優越感をいだして、他国民を見下してしまった、というのもまた現実でしょう。

 そういう意味では、1937年に「国体の本義」が発行されたのは、その当時、実際には日本人は「国体の本義」から外れていたから、それを引き戻そうとした、と考えることも出来ます。決して、侵略の正当化のため、侵略戦争へ国民を駆り出すため、ではなくて。だいたい、実現していれば、わざわざ本を出す必要はありませんからね?「xxすべからず」という張り紙などもそれをやる人がいるからされるのであって、誰もやらなければそんなものは要りません。それと同じでしょう。

 国家に神話が必要というのは同意しますし、それがどういうものかは別にしても、現実、それぞれの国にはそれぞれの神話があります。「神話」と言っていますが、それは神代の時代の話では必ずしもありません。「革命」である場合もあるでしょう。それは必ずしも歴史的事実ではありません。歪められていることも多いでしょう。都合の良いことだけが述べられることもほとんどでしょう。だから「神話」なのです。

 左翼系の人にこの本を読めとか理解せよというのは難しいでしょう。読んでも反発するだけでしょう。しかし、右翼、保守を自任する人には是非、この本を読んでいただきたいと思います。そして、自分の行動が「国体の本義」に即しているかを自問自答していただきたいと思います。最近、右翼、保守を自称する人の行動は「国体の本義」に反しているものが目に付きます。

 私?私は個人主義+自由主義+反宗教主義(無神論者とはちょっと違う。既存の宗教に違和感を出だして反感を覚える)なので、「国体の本義」とはあいません。私個人は「国体の本義」の実践は無理です(苦笑)。だって、この通りの社会が実現したら皆幸せに暮らせるかもしれないけど、宗教みたいで気持ち悪いんですもの。あ、そもそも宗教か(笑)。

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