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日本の護衛空母と海上護衛その2

 英は戦局は次第に改善されていますが、日本は逆に悪化しています。英の護衛戦力の拡充が最初余り進まなかったのは戦局の悪化もあったのではないでしょうか?本土決戦か!という時に海上護衛戦力ばかり拡充する訳にもいきません。英本土航空戦に勝利して、とりあえず、当座、独の英本土への直接侵攻はなくなってから、ようやく海上護衛戦力の拡充に着手できたのではないかと思います。
 日本には英にとっての米のように護衛艦艇を供与してくれる味方はいませんでした。それを考えれば、ベストを尽くしたとはいえないまでも、悪化する戦局の中で、まずまず、がんばった方ではないかとも思います。
 装備にしても初期設計の海防艦は、北方警備用の占守型を元にしており、高角砲ではなく、平射砲を装備したことが批判されますが、英で初期に大量に建造されたフラワー級コルベットも高角砲なんてものは装備しておらず、平射砲1門と少数の機銃を装備していたにすぎません。これは、当初想定されていた脅威が潜水艦だけだったからでしょう。実際にはコンドルが脅威になりましたし、後の対ソ船団は色々な航空機による攻撃を受けましたが。後期設計の海防艦は、英の過半の護衛艦艇よりも装備は充実しています。ヘッジホッグの有無を除けば、装備は海防艦の方がむしろ上でしょう。ヘッジホッグについても、致命的な問題とは思いません。問題は、ソナーやレーダーといった電子機器、センサー類、そしてそれらを統合的に運用する技術などなどのレベル差でしょう。
 改善の余地があったのは否定しません。もっと早期に海上護衛に力を入れることは不可能ではなかったでしょうし、同じ戦力をもっと有効に使うやり方もあったでしょう。
 実際に1944年には泥縄式であったにもかかわらず、約百隻の海防艦を竣工させています。なので、戦前にちゃんと研究・準備していて、開戦直後から海防艦の建造に着手していれば、米潜水艦が猛威を振るいだす戦争2年目に相応の数の護衛艦が用意出来ます。また、建造計画を効率化し、無駄を省けば、数はもっと増やせるでしょう。鵜来型や1号型及び2号型は短期間で大量に建造を行えています。もし、この設計を開戦前に終わらせていれば、1942年の後半から続々と竣工させることは不可能ではないと思います。まあ、実際に戦う前にそれが出来ていた?というと疑問は残ります。
 実際には戦争1年目は被害がほとんど無かったので、最初の甘い見込みのままで大丈夫と思ってしまったでしょうから、やっぱり、2年目に入る頃に海防艦が続々と竣工、とはいかないでしょうね。それに、なんだかんだいって、戦訓を反映して海防艦の装備は変更されているでしょうから、1号型の早期大量建造は無理があるでしょう。建造能力そのものはなくはないでしょうけれど、ちょっと判断・決断を変えれば出来た、というほど簡単ではないように思います。
 備えていたとしても、私は最良でも御蔵型の設計を開戦前に終わらせて、開戦後に早々に建造に着手、1942年後半から竣工というところではないかと思います。掃海具は不要でしょうが、多分、それは開戦後でないと分からないでしょう。そして、途中から掃海具を省いた鵜来型へ移行でしょう。で、更に量産するために1号型及び2号型の建造も始まるでしょうが、これはせいぜい史実よりも半年早い程度にとどまるのではないかと思います。まあ、それでも、1943年前半には30隻程度(史実では、1943年末で占守型4隻含めて19隻・・戦没艦は除かず)が竣工できる程度かと思います。1944年の半ばまでには更に100隻程度は建造数出来るとと思いますが。
 また、仮に開戦と同時に鵜来型や1号型及び2号型の建造に着手したとして、1943年前半に100隻程度竣工させたとしましょう。しかし、残念ながら、日本の技術力では、米潜水艦を制圧することは出来ないでしょう。
 ヘッジホッグはなくても致命的だとは思いません。爆雷だけでも効果はあります。ヘッジホッグ自体は当時の対潜攻撃兵器としては素晴らしいものですが、万能ではありません(万能なら、英米の護衛艦は爆雷を廃止しているはずです)。それにヘッジホッグやそれと同等の前方投射兵器を装備していたとしても、潜水艦を探知出来ればければ、攻撃は出来ません。正確な位置が判らなければヘッジホッグは無意味です。闇雲に攻撃するしかないなら、爆雷の方が効果的でしょう。撃沈は出来なくても、制圧効果はあります。海上護衛で大事なのは見方の輸送船を守る(攻撃させない・されない)ことであって、敵潜水艦を撃沈することではありませんから。
 しかし、ソナーやレーダーなどの改良、開発には時間がかかります。戦前から研究開発に力を注いでいれば早期に相応のレベルには到達できるでしょう。しかし、センサー類だけではなく、それらの情報を統合的に運用する装置・技術の確立にも時間はかかります。また、個々の性能は英米に匹敵するものが出来ても、それを安定して高い品質で量産することは難しいです。いくら、海防艦がどんどん竣工できても、探知能力(センサー・運用技術のレベル)が低いままなら、護衛艦としての能力は限られます。
 逆に探知能力が英米並みであれば、ヘッジホッグがなく、爆雷だけでもかなり有力でしょう。また、ヘッジホッグに代わる前方投射兵器を装備することも不可能ではありません。史実では迫撃砲を装備したものの威嚇程度の効果しなく、撤去されたりしたようですが、位置がわかるのなら、迫撃砲を複数装備して連射すれば、相応に効果はあるでしょう。対空噴進弾は実用化していますから、それを対潜用に転用することも出来るでしょう。また、91式徹甲弾を応用すれば、敵の深度が深くなければ砲撃も効果はあるでしょう。
 対空砲火も似たようなものですね。12.7cm高角砲は、砲としてはそれほど悪いものではなかったと思いますが、高射装置、レーダーの能力が低いので効果が低かったのだと思います。

 では、護衛空母はどうでしょう。実際に使用されたのは、前述の通り、元々は海上護衛用に建造されたものではありません。しかし、それでも5隻は建造できています。どうせカタパルトがないことを考えると、海上護衛、特に対潜用に特化すれば、もっと小型のものをより多く建造出来た可能性はあります。また、しまね丸をもっと早期に建造するということもやろうと思えば出来るでしょう。思いつくかどうかは別にして。この想定は技術的可能であったことは全部やるというものなのでいいでしょう。実際には英国でMACシップが出来るまでかなり時間がかかっていますので、難しいでしょうけどね。水上機を活用する方法もあるかもしれません。ある程度速度が必要かもしれませんが、特設水上機母艦を護衛に使えば、相手が潜水艦なら護衛空母に準じる効果があるでしょう。帰還した水上機の収容に停止する必要があり、そこを狙われると弱いですが。
 ともかく、護衛空母またはそれに準じるものがより多く用意できたとして(搭載機の問題もありそうですが、ともかく用意)、それでどうなるか?護衛空母は有効ではありますが、史実でそうであったように夜間は護衛艦ではなく、被護衛艦になってしまいます。それを考えたら、空母は対潜掃討をやらせた方が良いのかもしれません。それと大西洋と違って島は多いので、直接護衛は陸上機をより活用する方が良いかもしれません。重要な船団には空母の護衛をつけるべきでしょうが。逆に言えば、船団護衛のために簡易空母を量産する必要があったかと言えば、効率考えたら、陸上機の方が良いように思います。もちろん、そのためには南方からフィリピン、台湾、沖縄を保持し続ける必要がありますが。でも、それらが奪われれば、どうせ、護衛空母があっても守りきれません。
 言い換えると海上護衛が成立するのは、制海権と制空権は握っている地域(海域)だけでしょう。そう考えると連合艦隊優先は正しい判断であるとも言えます。海上護衛総隊だけ充実していても、連合艦隊が弱体化していれば、どのみち海上交通路は失われますから。
 結局、いつもの話になってしまいますけれど、当時の日本には決戦部隊と海上護衛部隊の両方を充実させるたけの国力は無かったのです。個々の出来る範囲内ので工夫、努力は足らなかった面もあるかもしれませんが、米相手に戦争をするということは、短期決戦で終わらない限り、いつかは負けます。逆説的に言えば、海上護衛を重視するのなら、むしろ、艦隊決戦に力を注いで、もし勝てなかったら戦争は諦める、の方が良い結果が得られる可能性があると思います。決戦で勝って講和出来れば、海上交通路は失われませんから。
 なので、私は帝国海軍が対米戦を艦隊決戦主義で軍備を整えたのは正しい判断だったと思います。無論、艦隊決戦が起こらなかった時に備えなくていいのかという批判はあるでしょうし、それはそれで正しいとは思います。ただ、対米戦に勝利する、勝てないまでも降伏しないで講和するためには、艦隊決戦で勝利して講和するか、米が出血に耐えかねるまでひたすら受身で守り続けてなんとか講和に持ち込むしかないでしょう。しかし、どちらも米次第です。前者は艦隊決戦に勝利すれば講和できるとは限りません。日本は艦隊決戦に敗北すればそれで終わりですが(二度目はない)、米は持久して戦力を回復させ、再度の決戦を挑むことが出来ます(決戦ではなくても良いですが)。後者は米が諦めなければ必敗です。大義名分があれば、米は(米国民は)戦争を継続することが出来ます。いつまでも守りきれる訳ではなく、徐々に戦力を失い、最後は負けるでしょう。とはいえ、可能性があるとしたらその二つのシナリオ位だと思いますし、より可能性が高いのは艦隊決戦だと思います。持久といっても、米が決戦を挑んできたら、それを正面から受けるなら、艦隊決戦主義と同様の軍備は必要です。言い換えると持久体制をとるとしたら、艦隊決戦主義+海上護衛+通商破壊などなどの軍備が必要ですから、それを持つ国力が必要でしょう。国力が限られていれば、それぞれに備える軍備が薄くなってしまいます。なら、国力が限られる日本にとって、艦隊決戦一本やりで行くというのは間違いではなかったと私は考えます。
 また、結果論から言えば、日本がより海上護衛に力を入れて、海上交通路がより長く保持されていたら、本土決戦は避けられなかったかもしれません。通商破壊戦だけでは日本は屈服しないと考えれば、上陸してきたでしょう。少なくとも戦争が長引いて、犠牲者が増えた可能性はあると思います。まあ、実際には本土に迫られる頃にはどうがんばっても海上交通路は遮断されますが。
 ただ、海上護衛を無視して良いという意味ではありませんし、やることは全てやるべきではあります。決戦戦力とともに可能な限り整備べきでしょう。しかり、資源が限られる場合には優先順位をつけて整備せざるを得ません。それは国家戦略により変わるでしょうし、仮想敵国によっても変わるでしょう。対米戦を主に考えるのなら、優先されるべきは決戦戦力です。それは抑止力になりえます。海上護衛が完璧でも、決戦戦力が貧弱なら、米は日本を容易に攻撃出来ると考えるでしょう(実際にするかどうかは別にして)。しかし、少なくとも太平洋では同等以上の決戦戦力を有していれば、容易に攻撃出来るとは考えないでしょう。まあ、日本から先に攻撃してしまえば、抑止も何もありませんが・・・。
 もし、対ソ戦を主に考えるのなら、優先されるべきは海上護衛戦力でしょう。ソ連には元々決戦を挑めるような戦力はありませんが、少なくとも数の上では有力な潜水艦部隊を保有していました。なので、欧州における英独の海軍戦力の力関係に近いでしょう。であれば、決戦戦力の優先順位を下げても問題ありません。
 実際には前述の通り、平時から海上護衛戦力を保有することは難しいですから、平時は決戦戦力を整備し、有事の海上護衛戦力はその基本設計や計画を立案するにとどめざるを得ませんが。そして、開戦後は、相手に戦力整備の方針を考える必要がある、ということです。

 まとめると、海上護衛を軽視して良い、やらなくても良かったと主張しているのではなく、日本が出来た範囲内では、史実以上にがんばったとしても、結果はそれほど変わらなかったと考えます。とはいえ、万の単位、少なくても千の単位の戦死者が減った可能性はあるので、ほとんど変わらないというのには抵抗ありますが、戦争全体の推移はほとんど変わらなかったでしょう。海上護衛戦力だけ拡充しても、決戦戦力(正面戦力)が失われ、制海権、制空権を奪われば、海上護衛はなり叩くなると考えます。そして、資源の制限で両方出来ないのなら、決戦戦力により重点を置くのは仕方ないと考えます。もちろん、資源が許す範囲で(出来る範囲内で)、海上護衛にも力を注ぐべくですし、史実で、出来ることは全てやったとは言えないとは考えます。

 後世の人間が批判する際には、それが可能であったかどうかを考えるべきだと私は思います。やれば出来た、努力すれば出来たことをやらなかった、努力しなかったという批判ならそれは正しいでしょう。しかし、その当時、やろうとしても出来ないことをやらなかったと批判するのは不適切だと思います。

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