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バカに民主主義は無理でもやるしかない

 長山靖生著、光文社新書、「バカに民主主義は無理なのか?」の感想です。なんか絶望日本三部作になってしまいました(それぞれは時期もばらばらでたまたま私が感想を書いたのが続いただけですが)。
 ちょっと文章が肌に合わない部分があったり、著者の方向性がよくわからない面もありますが、指摘されている内容はいずれも納得・同意出来るものです。ただし、主張そのものには反論したくなる面もあります。
 一言で言えば、国民がバカだから政治もバカである、でしょう。官僚、国が情報を公開しないと批判していますが、結局、それは国民はバカだから見せても仕方ないと考えているからでしょう。国民をバカにするのは問題ですが、それは必ずしも間違っていないように私は思います。著者が言うように日本人はリスクを考えることが出来ない人間が多すぎます。少し言い換えると適切にリスクを判断することが出来ず、危険だと言われるとどの程度危険かを考えるのではなく、とにかく怖い、避けたいと思うことが多いです。また、安全というえば、100%の安全を求めてがちです。そのくせ、目に見えない、危険だと言われないと、安全だと思い込んでしまうというか、危険性を考えないことが多いです。
 ここからは著者への反論になってしまいますが、だから、官僚、国が情報を公開しないともいえるでしょう。所謂、安全神話が生まれた原因もここにあると思います。ちょっとでも危険だという話がでると駄目だ駄目だとなるので、安全ですと(100%安全なんてことはなくても)言わないと進めないのでそういってしまう(まちがっていますが)。そうこうしているといっている本人も安全な気がしてくる、それが安全神話の原因の一つだと私は思います。
 だから、国民が適切にリスクを判断できれば、情報も公開できるでしょう。しかし、そうでないが故に情報が公開されないというのはあると思います。それが良いとは言いません(情報は公開すべき)ですが、正直、バカに言っても仕方ない、という気持ちもあります。
 それから安全性とコストは相反するものではありません。経済性・コストを優先して、安全といはいえない原発を再稼動させる、ということはありえません。どういうことか?真にコストを考えれば、その結果生じうるリスクとそれにようするコストも計算されるはずです。それが出来てない、やっていないのは、真にコスト・経済性を考えているとはいえないと私は思います。 
 話を戻して、結局、過半の民衆は、お上が自分の思いをくみとって、希望通りの施策をしてくれることを望んでいます。そういう民衆では、民主主義はなりたちません・・・といいたいところですが、結局、そんなものです。相対的にましなのはどういう制度か?であって、最良は何かではないでしょう。
 最良はおそらく優秀な独裁者による独裁だと思います。ただし、独裁者は腐敗するし、最初は良くても、途中から国民の望まない政治を行う可能性が高いです。であれば、リコール制度のある独裁制でしょうか?いきすぎれた交代させられる。それって、くさった民主主義とそう変わらないかもしれません。優秀な独裁者なんてそうそういませんから。
 政治家や官僚がバカなのは、政治家や官僚が悪いのではなく、国民がバカだからでしょう。国民がバカなのに政治家や官僚だけが優秀なんてことは考えにくいですから。無論、それに近いようなやり方はありえますが、結局、政治のレベル=国民のレベルです。だから、バカに民主主義は無理だとしても、やるしかない、そうこの本を読んで思いまました。

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