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2009年12月

2009年を振り返って

 恒例の走り納めにいってきました。2台になってから楽は楽ですが、時間がなく、本当にちょっとそこまでとまりの場合もあり、どちらが良いとも言えませんね。今年は幸い、いつもいって撮影して帰ってくる公園にいけました。ピー次郎の時には日が落ちてしまいましたが。
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 なんか普段と違う音だと思って撮影したらKC-10でした。肉眼では良くわかりませんでしたが。
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 今年のニュースはやはり暗黒の8月30日でしょう。予想した通り酷いことになってきてます。四年間は我慢するしかありませんね。

 個人的なニュースだとピー太郎がピー次郎に代わったことが一番大きな出来事でした。不満はあれども、前と比べると遙かにましです。

 後は無人になって久しい実家がいよいよ駄目で、来年は本当に取り壊しを余儀なくされそうです。残念。

 ライオンズも低迷し、暗い一年でしたが、来年が良い年になりますように。さて、またまた恒例の年越しコンサートにいってきます。では、皆さん、良いお年を。

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甦る零戦?

 またまた読書感想文です。日本語の正体もそうですが、いらいらすることがあって、久々に本屋でどかっと本を買い込んだのです。そのため、中身はろくにみずに買ってしまいました。日本語の正体は当たりでしたが・・・こっちは外れでした。

 「甦る零戦 国産戦闘機vs.F22の攻防」春原剛著、新潮社

 元々新聞広告でみて、帯に「コード・ネーム「心神」はたして、その”日の丸戦闘機”は飛翔するのか!?」と書かれており、「心神」について書かれたドキュメントだと思いこんでいました。

 しかし、「心神」について書かれている部分はほんのわずかです。国産戦闘機vs.F22というのも、日本対アメリカ・・・ではなく、強いて言えば、防衛省の国産推進派vsF22を望む運用側、という構図でしょうか。
 「国産戦闘機」に関する記述は、FSXについての話の方が多い位です。F-22を神格化しているように受け取れる部分も目につきますし、細かい記述に誤りまたは著者の知識不足・認識間違いも見受けられます。アパッチの調達中止の理由も素直にメーカーの生産中止と書いていますし(このような問題について書くジャーナリストならそこはもっと裏を読んで欲しい)。米空軍の飛行大隊はまだしも、空自にまで飛行大隊を使うのも記述の信憑性を失わせますね。米空軍のsquadronの訳語は一般的には飛行隊が使われていますし。

 F-22ならグアムからスーパークルーズして北朝鮮を爆撃して戻れるが、F-15なら日本から北朝鮮へ往復するのがやっとで戦闘行動が行えない、と書かれています。F-22の航続距離がF-15の数倍に及ぶのでしょうか?勿論、巡航速度はF-22が上ですから、同じ速度で飛ぶのなら、航続距離はF-22が上回るでしょうけどね。仮にグアムから北朝鮮を爆撃するとしたら空中給油は必須でしょう。公開されているカタログスペックだけみればF-15の方が航続距離は長いような?

 また、米軍のF-15にはフェイズドアレイレーダーであるAPG-63V3が搭載されているのに空自には二世代前のAPG-63V1しか供給してくれていないと書かれています。しかし、実際には米空軍のF-15でV2/V3を搭載しているものはほとんどなく、事実上試験運用の域を出ていないと思います。またV1ですら全てが搭載している訳ではないはずです。無論V3を米軍が日本に供給してくれるかどうかはまた別の話ではありますが・・・・一つの事実を誇張していると批判されても仕方ない書き方ではないかと思います。

 UAVに関して、F-104Jの無人化にふれていますが、生産、という表現はおかしいですよね?普通、改造と言うでしょう。

 まあ、全体の趣旨が誤りとまでは思いませんが・・・・買って読まなくても良かった本かな?

 F-4後継問題の決着は急ぐ必要があると思いますが、とはいえ、F-22はもうないでしょう。私自身はF-2改で良いと思っていますが、二系統しか戦闘機がなくなるので何かあった時に飛行可能な機種が無くなるリスクが高くなり問題はありますね。
 まあ、F-22を売ってくれなかった米への当てつけにタイフーン導入もいいかもしれませんね。数はそう多くないですし、たまには欧州機も導入しておけば、F-35導入の際に少しは有利になるかも・・・しれません。

 ああ、肝心の心神ですが、T2-CCV並には出来ればいいな、と思います。

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倭の大王は百済語で話す

 金容雲著「日本語の正体 倭の大王は百済語で話す」を読了しました。著者は戦前生まれ(1927年)の数学者だそうです。なので日本語も自由に使えて、本書の翻訳ではなく、本人が日本語で書いています。
 以前、大野晋氏の「日本語の起源」でタミール語に由来するという説を読んでなるほどと思ったのですが、韓国語との関係がすっきりしませんでした。何故、文法はほぼ同一なのに単語や発音がこれほど違うのか。しかし、この書がそれをすっきり説明してくれました。
 帯にこう書かれています。「百済語が日本語で、百済語を投げ出したのが韓国語だった。」。この書は一文で言えばこれです。中身はその細かい説明です。
 カラ語という表現を使っていますが、これは北方系ではなく、南方系の言葉で、古代韓国語と言っても良いかもしれません。で、そのカラ語の方がタミール語との関連は深く、タミール語は半島経由で日本に入ったのであろうといっています。そういう意味では、日本語の起源の一つがタミール語であるというのは間違いではないでしょう。

 従来、必ずしも関連性がないとされていきた数詞(これは半分程度は関連性がとなえられていたとうですが)や基本語のほとんどに関連性があることを説明しています。

 ざっくり言えば、最初に半島南部の加邪(かや)の人々が半島から日本列島へ渡り、その後、白村江の戦いの前までに新羅系が東日本に、百済系が西日本に入っており、国家を形成していき、日本では百済系が主導権を握って日本語の原型が成立します。なので、加邪語が原型で、それに百済語と新羅語が混ざり、百済語が中心になって日本語になっていったという訳です。一部には新羅語も主に東日本に残っています。アイヌ系の言葉は半島からきた勢力に駆逐され、東北から北海道にかけてアイヌ系が残存していた地域の地名などを除けば、日本語には残りません。つまり、先住のアイヌ系民族が半島を経て大陸からやってきた民族に駆逐され、半島からきた民族が現代日本人(語)の先祖になったのです。

 だから、紀元7世紀までは半島と倭はほぼ同じ言葉を使っていた、というのが著者の主張です。ただし、新羅語と百済語はまったく同一ではなく、単語や発音に差異があったようです。半島では、新羅が百済を滅ぼし、倭も半島から追い出され、日本列島で孤立というか、半島とは別の歴史を刻みだし、半島は中国=漢字の影響が強くなり、固有名詞の発音まで中国風に変えていき、その結果、音韻が元々の原型から中国風にへ変化していきます。現在、日本語の70程度ですが、現在の韓国語では2000を越えます。これはこの過程で生じたものです。母音と母音が連続する場合、日本語はほとんどそのままですが、韓国語では、それを一つにして合成母音が作られ、結果的に音韻が増加していった、という訳です。
 また、日本語自体の音韻も当然、変化しています。ですから、オリジナルから二つに枝分かれして、それぞれが変化していった結果、現在の枝の両端を比べると欧州での言語の変化のように単純に音韻法則が成立しないのは当然で、音韻法則が成立しないから、対応していないとうのは間違いだというのが著者の主張です。

 著者の主張する主な変化を簡単に並べてみます。

1.南方語と北方語(それぞれは別の言語)が融合し、半島から日本へ渡った。それらの言語間には音韻対応はまたくない。
2.母音変化する。日韓語間だけではなく、日本語間でも生じている。
3.日本語は語頭の母音化傾向がある。日本語の語頭の子音が脱落したり、母音がついたりする。
4.清音が濁音または破裂音に変わりやすい
 例 k->g(カ行ー>ガ行)  

5.母音衝突で変化
6.えびかに現象。一つの単語が二つに分裂。同じ意味の言葉が続いて一つの名詞になっている場合があるが、それが分裂して、現在の日韓語のそれぞのれ名詞になっている
 例 手 : ソンテ => 日:テ、韓:ソン  : ソンテは現代韓国語では「手伝い」の意味
7.r、lの子音が不規則に変化

 このような変化の結果、現在の日本語と韓国語の音韻はすっかり異なってしまい、西洋風の音韻法則がほとんど成立しなくなった、というのです。

 もう一つ、熊襲はアイヌ系と私などは思ってしまうのですが、著者は半島の南方系が先に九州に入り、後から更に北方系が入り、南下し、行き場がなくなったので、「東征」したのではないかと考えており、隼人は、南方系の人々だったのではないかといっています。鹿児島弁が現在の日本語よりも韓国語により近いのだそうです。ただ、まあ、熊襲と隼人が同一でないとすると、熊襲はアイヌ系で、隼人は初期に九州に入った半島系ということも考えられそうです。ただ、ちょっと気になるのは、鹿児島弁はかなりユニークですが、それらは土地の民衆の言葉だったのか、それとも東国から入った御家人が持ち込んだ言葉かか、です。著者は東日本には新羅系の人が多くいて、方言にもそれが残っているといっています。であれば、元々その地にあった言葉ではなく、関東から持ち込まれた言葉の可能性もあるかなとは思いました。著者自体も似ているということを「いっぺごっぺさるもしてすったいだれもした」を例に説明していますが、この中の「すったい」=「すっかり」が韓国語の北方の方言「すった」に近いと書いています。南方系の言葉が残ったのなら、これは少しおかしい気もしますが、後述のように言葉の北方・南方と場所は必ずしも一致しないようです。ただ、いくつかは東国に住み着いた新羅系が持ち込んだ言葉を御家人が持ち込んでいる可能性はあるのでしょう。元々の地元の言葉と東国の御家人らが持ち込んだ言葉が融合して出来たのでしょうから、これは逆に一部は東国から持ち込まれた(東国ではその後、使われなくなった)言葉が残っているということかもしれません。ただし、これも私の基礎知識の不足により、そう感じたというだけですが。

 ここの単語の説明で知らなかった・興味深かったことをいくつかあげておきます。

1.カラが国、奈良も国
 加邪語や百済語で国を示すのは「カラ」で、これが
 karaーkona-kuni
 と変化して、クニになったと主張しています。
 一方で新羅で国は「ナラ」です、奈良は先に新羅系の人々が定着し、そこに国を作って、その地を国の意味で、ナラと呼んでおり、後から百済系が入った後、地名として、「ナラ」が残ったのではないかと。ただし、元々は加邪系が先にきていて、国自体を表す言葉は「カラ」が使われていたので、途中で「ナラ」が国を表す言葉にはならなかったようです。

2.村は新羅語
 新羅語では大きい村の意味で、「クンムラ」が首都を意味する言葉だったそうです。ムラ=村ですね。
 韓国語で、「ウル」は日本語の「うち」になったもので、垣の意味だそうです。垣が広がると村になり、これが「マウル」。更に広がると村郡になり「ゴウル」。その上が「ソウル」で、更に上は「ナウル」=国で、更に上は「ソラ」=空だそうです。郡を「ごおり」と発音する場合がありますが、これは「ゴウル」からきているのだといっています。

3.ソウルは固有名詞ではなく、首都の意味?
 京都みたいなものなんでしょうね。元々は、新羅で「ソラボル」、百済で「ソブリ」だったそうで、bが脱落して、「ソウル」になったと。ただ、前述のように新羅語では首都は「クンムラ」だといっていますので、「ソラボル」は固有名詞だったのでしょうか?ただ、「ウル」ー>「ゴウル」->「ソウル」ー>「ナウル」の変化の方が自然ですから、「ソブリ」が「ソウル」だとすると「ゴウル」も元々は違う発音だったのかも?

 なお、背振山という山が福岡と佐賀の間にありますが、これは「せぶり」です。だから、これは首都を意味する「ソウル」がなまったもので、吉野ヶ里遺跡は国の首都であったことを意味するのではといっています。なまりだとすると「ソブリ」ー>「せぶり」な気もしますが?

 

 百済と倭の関係がどうであったか、です。神話の記述から著者は百済の王族の一部が新天地日本へいき倭という国家をつくり、本国百済が滅んで、分国の倭が残ったと歴史的な国家の成立についてもふれられていますが、それらについての評価はここではしません。理由は簡単で、私にその時代の知識が不足しているので評価が出来ないだけです(苦笑)。ただ、倭が半島へ介入したのは本国救援の意味もあるかもしれませんが、ノルマン王朝がフランスの領有権を主張したのと同じような意味合いもあったということも書かれているのは興味深いです。

 半島の歴史に詳しくない(半島どころか日本の戦国時代よりも前の時代の歴史自体に詳しくなく、一桁世紀はさっぱり)なので、わかりにくい部分も多いのですが、著者の説明を読んだ成り立ちについての私の理解は以下の通りです。
 新羅は半島の東南部にあり、百済は西南部、北部に高句麗がありました。百済と高句麗は言葉は同じ系統のようで、北方系です。百済と新羅の間に加邪があり、これは南方系の言葉だそうです。高句麗はともかく百済は南方系に思えますが、これは高句麗は北方の所謂騎馬民族系でそれが南下していって、百済をつくったということなのでしょう。言い換えると加邪や新羅の方が元々の原住民ということでしょう。ただし、支配者階級は加邪も新羅も北方系らしいので、住民は南方系、それらが北方系に征服されて出来た国。高句麗や百済は北方系の民族ごと南下(原住民は南へ駆逐?)した国ということでしょうか?場所柄百済の住民は現住の南方系も相応に含まれていたのでしょうけど。
 言語だけみれば、百済は北方系、新羅や加邪は、南方系の言語に北方系の構造が融合したもの、だったと言っているように理解出来ました。なので、構造はいずれも同じ=アルタイ語系ということのようです。

 最初に日本へ渡ったの場所から考えても当然の話ですが、加邪系だったようです。半島南部、対馬、北九州一帯に加邪国家群が成立し、新羅としばしば戦っていたようです。金印の時代ですね。で、次に邪馬台国が登場します。これは今度は新羅と結んで、魏(三国志の)に朝貢しています。当時、百済は呉に朝貢していますから、百済と対立していたということです。百済は狗奴国を支持しており、これは邪馬台国と対立していますから。続いて歴史の空白期間があり、親百済の応神朝が登場します。
 日本の神話と半島の神話を交えて考察し、天孫光臨の神話をもたらしたのは加邪の傍流の王子らで九州南部から瀬戸内海を経て大和に入り、王朝を樹立します。これが神武天皇。
 ただ、それとは別に新羅系の物部氏が先に大和に入っていたようで、奈良=ナラ=国の語源となった国は彼らが作ったのでしょう。
 その後、百済系の応神が加邪系を征服してこれにとって代わり、以降、百済系が中心になって倭から日本へと成長していったと、と以上が著者の説明・主張と理解しました。

 新羅系は九州には行けず、日本海経由で山陰などへ渡ったのでしょうか?ある時期は中国(山陰)以東の地域に先住のアイヌ系を駆逐しつつ広く広がっていたのは、加邪系?新羅系?先に奈良地方に国を作ったのは新羅系でしょうか?新羅系は加邪系に東国へ追いやられ、東国の言葉に新羅系の語彙が残った、とまあそういうことなんでしょう。

 だから、結果的に言えば、半島では一時北方系に征服されかけたものの、最終的には南方系が中国と手を結ぶことにより、盛り返して半島を統一し、現代韓国語の元になり、日本は北方系が南方系を駆逐して、現代日本語の元になった、と、まあ、そういうことでしょうか。ただし、両者も両方の言葉が混ざり合っているので、新羅語=現代韓国語、百済語=現代日本語、とは言えないのでしょうけど。
 日韓がもっとも近い国・民族でありながら、仲が悪いのは昔からの歴史的な流れ?韓国=新羅=南方系から見れば、日本=百済=北方系に半島でも列島でも何度も侵略されたことになるので。(^O^;

 それから、著者の主張が正しいとすると邪馬台国は親新羅ですから、奈良にあった新羅系の国家であると考えられますが、ただ、そうだとすると対立していた百済が支持する狗奴国は熊本にあったのだろうとしている訳ですが、この時、先からいたはずの加邪系の国はどこにあったのでしょう?それもふまえると、邪馬台国は北部九州に存在しており加邪系で、それに対抗して九州のどこかに百済系の狗奴国があったと考えた方が自然ではないかと思えます。
 もしかすると百済系に押されて、北部九州から南下して瀬戸内海へ進出というか脱出し、大和へ到達し、先住の新羅系を駆逐し、勢力を確立、反撃に転じて九州の百済系国家を征服、そういうことかもしれません。そうすると隼人は意外にも百済系?そうすると大和説の人達がいっている国家は新羅系の国だったということになりますね。出雲も新羅系でしょうか?言葉を調べればわかるのでしょうけど。

 基本知識不足の上に長文癖がでたのでわかりにくい文章になってしまいましたが、著者の主張に同意する・しないは別にして、一度、読んでみることをお勧めします。日本語から従来余り興味のなかったこの時代の歴史に私が大いに興味をそそられましたし。
 ただ、こうなると次は、カラ語、百済語や新羅語の起源が気になってきます(笑)。

日本語の正体 倭の大王は百済語で話す
著者 金容雲
出版社 三五館
ISBN978-4-88320-476-2 

P.S.繰り返し述べているようにこの時代についての知識は不足しているので、著者が明らかに事実と異なる主張をしていても気がついていないかもしれません。著者の主張を全て認めている・同意したという訳ではないこともここにお断りしておきます。ただし、日本語の起源の説明としては、過去読んだもののなかで(後から出てきたものであるので当然ですが)、もっともすっきり納得出来るものでした。

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鳩山さん、社民党を切る決意をしたのですか?

 普天間基地の移転問題。グアム移転は抑止力の観点からありえないという発言を聞いた時には、この人は心底馬鹿だと思いました。馬鹿が悪ければ、政治家には向いていないと訂正しておきましょう。5月までに結論を出すといいつつ、それが出来れば一番良いと沖縄県民、多分、日本国民の大多数が考え、かつ社民党が主張しているグアム移転はないと早々に名言するなんて、ありえないでしょう?いや。実際にはまさにその通りで、それ自体は正しいとは思います。が、今、そういうのなら、さっさと現行案で決着させるべきでしょう。
  しかし、続けて、憲法改正議論を容認する発言をしたと聞いて、納得しました。つまりはこれは、社民党へのメッセージなのでしょう。自民党からの離党者を引き込めば、保守系(民主党は保守か革新かといえば、明らかに保守政党)で過半数を占めることが出来ます。つまり、参議院での可決のためにもはや社民党は必要ないのです。
 ですので、二つの発言は、社民党に対してこれからも与党にとどまりたいのなら、小党のくせに、ぐちゃぐちゃ自分たちの主張を言うな、黙ってついてこい!嫌ならでていけば!というメッセージなんですよね!そうとしか思えませんよ、鳩山さん!

 ところで、先日、脱税うんぬんと言いましたが、これは正しくありませんね。これは脱税を意図したものではありません。本来は違法献金を意図したものです。それを今度は、母親から鳩山首相が贈与を受けたという形で処理したのですが、では、使われてしまった資金はどうなるのでしょう?鳩山首相個人が自分の政治資金として使える額の制限を遙かに超えます。このままでは、本人からの違法献金です。でも、大丈夫、今度は貸し付けとして正しく処理されました。
 今の政治資金規正法では、政治家本人が自分の政治資金管理団体への貸し付けになんら制限を加えていません。結果的に返済されずともなんら問題にならないのです。つまり、本人からの貸し付けの形にすれば、いくらでもお金は使えます。これは法律の問題でしょう。ま、最初は母親からの貸し付けで処理しようとしたのでしょうけど、それだと脱税と言われるので、こういう風にしたのでしょうけどね。
 なんにしても、鳩山首相がやったことは、政治資金規正法の趣旨の一つであるお金持ちが有利にならないように規制に反するものであるのは明らかです。そういう人物を選んでしまった有権者は猛省すべきでしょう。

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一大臣なら

 辞任確実でしょうね。本人がやめないといっても首相や幹事長が辞めさせるでしょう・・・普通なら。元秘書が起訴され、本人も認めているので有罪は確実。ま、判決が下るまで粘るつもりかもしれませんが。
 私自身は現状の法規の下では、秘書が有罪になったからといって議員や大臣が自動的に辞任しなければならないとは考えていません。が、鳩山首相の場合には、何せ、前に、自分なら辞めるといって他人を攻撃していますからね。もし、麻生前首相の時代に同じようなことが起きたら、辞任しろ激しく攻撃したことでしょうね。当然、 辞めるのが筋でしょう。もっとも、今は辞めさせてもらえないかもしれませんが(苦笑)。
 今後の展開次第なんでしょうね。支持率が下がって参議院選挙の勝利に影響が出ると判断されたら交代かな?有罪が確定した頃でしょうか?
 もっとも、首相を辞めさせる人の足下も同じように火がついていますけどね。もっともこっちは否認しているから裁判になっても有罪確定するかどうか含めて決着までは相当の時間がかかりそうですが。こっちの人は有罪確定するまで辞めないだろうから(一度代表は辞任しているので)、まあ、10年は粘れるのかな(笑)。

 しかし、私腹を肥やしていないって、鳩山家の中の金の動きであって、外からもらった訳ではないからということなんでしょうけど、脱税は私腹を肥やすことにはならないのね。そうか、私腹を減らすのを防いだだけだからか。そうか、そうか、増やす訳ではないものねえ(苦笑)。

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このシーズン限定ケーキ

 毎年この季節になると季節限定ケーキ(笑)があちこちで売られますが、我が家も予約して一つ買いました。某宗教が嫌いなので、いじでも、なんとかケーキとは呼ばず、年末季節限定ケーキと呼ばせてもらいます(爆)。
 今年はチョコのババロアの中にゆずのソースが入ったものです。甘くなく美味でした。昨日の朝食にいただきました・・・とはいえ、二人で2/3食べただけですが。さすがにいきなりまるまるは食べませんでした。
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 その後は、お昼は町田のおそば屋、萬蔵(正確に言えば、萬蔵そば 尾張屋)へ。
http://www.manzousoba.jp/
時々いくお店ですが、ここのところ、お節をここから買っていますので、その予約のためです。二人しかないのと相方が30日まで仕事なので、本人は時間があれば作りたいといいつつ、定年前では無理なようで、お節は買ってます。
 その後お昼のおそばも食べました。ここは創作そばがうりで、我が家も大概伝統的なそばではなく、創作そばを食べています。でも、今回は相方は鍋焼ききしめん、私は春日うどん、とわりと直球に近いものを食べました。悪魔のささやきとか三重奏とか変わったのが色々あるんですけどね。
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 その後は、薬師池公園へ。さすがにすいています。蓮田は刈られて何もありません。最近冷えているので凍結・霜柱が残っていました。見ていると結構おもしろいです。写真に撮ったら・・・・いまいちでした。
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 さて、これはなんでしょう?惑星ガミラス!?
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 応えは樹脂製マットの上に植えられた芝生です。凍結してマットから浮き上がったのです。穴が空いているのはマットに円柱状の突起があるためです。これもおもしろかったです。
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 その後、相方は鯉におふをあげて遊んでました。ちょっとおふが大きかったせいか、なかなか吸い込めない様子でした。
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 肌色のこの鯉を相方は気に入っておふを食べさせようとしましたが、結局、駄目でした(苦笑)。
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 池には鴨やアヒルがいます。つがいかどうかはわかりませんが、仲良く一緒に泳いでいたこの鴨、種類が違うような?
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 こっちは同じ種類が仲良く手入れ中です。
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  逆光だったのと知識不足で名前はわかりませんが、こういう鳥も。
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 花は少し咲いていましたが、このつぼみの方が気に入りました。
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 三日月が見えたので撮影してみたら・・・結構うまくいきました。これはD40の300mm望遠端です。
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 遅い時間におそば・・・じゃないな、きしめんとうどんだ・・・を食べたので、夕食は余っていたかぼちゃを使って、ニョッキを作ってみました。前からやろうといいつつそのままやっていなかったので。カボチャの概ね1/3位小麦粉を混ぜて、塩と粉チーズも混ぜて、成形してゆでます。ソースが無かったので塩とバターをあえたのですが、相方がバターをどんと入れたせいで、味が・・・・。入れた本人は、少し食べて、後はあげると。(^^;
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燃料課税に一本化を!

 暫定税率の廃止は取りやめ、名前を変えて存続と鳩山首相が決断しました・・・というか、発表しました。これでマニフェストでうたっていた暫定税率の廃止は事実上、無くなりました。無理な公約をするのがいけないので、暫定税率の廃止に反対の私も、これは批判します。何度も言うように戦略が欠如しているのが最大の問題です。
 もし、CO2削減を大きな柱とするのなら、それを実現するための色々な政策があるべきですが、民主党のマニフェストは単に個別メニューの羅列に過ぎないため、そんなものはありません。
 本気で自動車からのCO2を削減するつもりなら、そのように誘導する政策を実行すべきです。ガソリンを消費しやすくするように暫定税率を廃止、高速道路の無料化(これは総量でどうだという議論はあるでしょうが、少なくとも電車やバス、船などから自家用車へシフトする可能性は高いですから、やはり増えるでしょう。ETC1000円ですらその傾向があるのですから)は、CO2削減とは相容れない政策です。

 前から述べているように(NiftyのFCARでの発言からは10年近く経っているはず)CO2削減を本気でやるのなら、自動車関係の税金は燃料課税に一本化すべきです。自動車税や重量税などはなくして、その分を燃料に課税するのです。税額はモデルを定めてやれば良いでしょう。
 エコカー減税などをとりあえず考えなければ、自動車税と自動車重量税の年額は5
万から6万程度(1-1.5tで、2L未満1.5L超で約6万弱)です。年平均10000万kmの走行を基準と考えて、概ねそれに要する燃料の課税分(現行からの追加)が5万から6万になるように設定すれば良いでしょう。
 想定燃費は厳しくすればより効果はあるでしょうが、とりあえず10km/lとして、1000L必要ですので、1Lで60円です。この辺では最近レギュラーガソリンは税込みで120円程度なので、新税施行後は180円に値上がりします。5割り増しなんて!と思うでしょうが、前述のように実際の負担額はモデルと同じならかわりません。まとめて払うか分割して払うかの違いです。
 走行距離が少なかったり、より燃費が良い車なら、負担は減ります。少なくとも実際に消費するガソリン量によらず、こっちはエコカー、こっちは非対象と区別している現在のエコカー政策よりもはるかに公平です。
 ユーザーは当然、車の値段が同じならより燃費、それも実燃費が良い車を求めるようになるでしょうから、自動車メーカーはより実燃費の向上に取り組むはずです。今の制度では、カタログ燃費で善し悪しが決まっているので必ずしも実燃費が良いとは限りません(カタログ燃費が悪い車よりも当然良い車の方が相対的には実燃費は良いですが)。

 年間の走行距離がより多い輸送関係業者の負担は増える可能性はありますが、これは別途手当すれば良いでしょうし、より低燃費の車両への切り替えを促す意味はあるでしょうから、基本的には同じでいくべきです。
 公共交通機関が貧弱で自家用車に頼らないといけない地域の負担が増えるという批判に対しては、それらの地域でも燃料の消費量を抑える対策も必要であると応えます。この辺はある程度の期間、乗り換えの補助金を出しても良いでしょう。

 

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夜のMMへ

 ちょっと用事があり、夜のMMにぴー次郎でいってきました。結婚後、しばらくここの相方が独身時代に買ったマンションに住んでました。結局、家が二つあって不便なので、一つにしたのですが。
 当時はマンションは少なかったのですけれど、どんどん建設されていって、今や乱立状態。余り趣がありません。朝の駅は混雑しているのだろうな。
 ジャックモールの駐車場にとめました。
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  ここにはデオデオがあって、良く買い物をしたのですが、撤退してしまいました。その後どうなったのかなと思ったら、1階にはノジマが入ってました。ただし、2階は空いたまま。
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 夜景を少し。S620の手持ち撮影です。ぶれずにうまく撮影出来ます。結構、がんばっていると思います。2万円程度で買ったコンデジなのに。D40では手持ちのレンズではこうはいきませんね。ジャックモール周辺は年末のいつもの飾り付けです。
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 旧おうちは前はここから見えていましたが、今や別のマンションに遮られて見えなくなりました。
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 それから元町へ。相方のなじみの服屋で、先日買った洋服の裾などの直しが終わったのを受け取りました。夕食はかばのおうどん。海老と野菜のてんぷら、相方はおろしぶっかけうどん、私はかけうどんです。
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  2回目ですが、ここは良いです。なんといっても、汁が黒くありません!関西風です。高いお店ではありませんが、しっかりとしただしで満足出来ます。麺の量も1人前、1.5人前、2人前と調整出来ます(値段は同じ)。しかし、我が家が1人前で十分、お腹一杯になります。うどんならここ!まあ、元町にいくのは年に何度か、相方の洋服の買い物の時位ですが。こっちの撮影は相方のS640。オートでホワイトバランスがとれています。うーむ、S620だとこういう照明だと駄目なことが多いのですよね・・・。

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S640

 買いました。ただし、自分のではなく、相方用です。最初は自分で別のサブカメラを買って、今もっているS620を相方にあげるつもりでしたが、結果的には相方専用でS640を買うことになりました。まあ、休日は一緒に使えるからいいんですけど。
 S640はS620のマイナーチェンジだと思っていたのですが、買ってみたら、ケースからまったく違うことがわかりました。ぱっと見は似ているのですが、どの面から見ても同じ部分はありません。底面ですら違います。また、S640はレンズの部分がでっぱっていましたが、これが無くなり、更に全体的に薄くなっています。
S6401S6402S6403S6405

 また、電池自体はさすがに同じものでしたが、本体に内蔵したままUSBケーブルをACアダプターに接続して充電するようになっていました。当然ながら、PCなどに接続したまま充電も出来ます。個人的にはUSBポートから電源をとるのは勧めませんが。USBポートの電源供給力は500mAしかありません。しかし、世の中にはそれを余り深く考えていない機器もあります。まあ、S640の場合にはACアダプターの定格も5V 500mAなので、他にUSB機器を接続していなければ問題はありませんが。

 肝心の性能ですが、CCD自体は同じものと思われます。レンズは少し変わって、28mm相当の4倍ズームだったのが5倍になっています。広角端で解放2.7というF値は同じです。後はスペック的な違いはありませんが、能書き通り、ホワイトバランスが劇的に改善されています。また、S640からデータを吸い上げられていない(相方がよろこんで撮影しまくっているので)ので、画像で比較出来ませんが、S620というかニコンのコンデジ共通の問題であったホワイトバランス問題はこのクラスのカメラとしてみれば解決されたと言っても良いでしょう。
 AFの高速化はまだ良くわかりません。起動は実際に使えるようになるまでの速度は確かに速くなったようです。まあ、これはS620は画面の表示がされるようになるまでは速いもののその後がとろくて詐欺だっただけですが(苦笑)。

 うーむ、S620ではなく、やはりS640がよかったです。仕方ないのですけど。別のサブカメラを買ってやる・・・・というのは、結局、ちょうど良い(性能が良いではなく)のが他になかったので(キャノンのS90にはひかれましたが、キャノンらしい使いにくさでやめました。後、マクロが弱いので)。、当座は平日はS620、休日は相方のS640という体制が続くでしょう。

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風見鶏ですらなく

 普天間基地移転問題、中国副主席会見問題。これらに限りませんが、鳩山首相のリーダーシップの欠如と定見性の無さにはあきれ果てます。過去、風見鶏と批判される政治家がいましたが、風見鶏ですらないでしょう、だって、風を読んでさえいないのですから。
 中国副主席と天皇の会見が必要だと首相が考えるのならもっと早い段階で指示すれば良かったでしょう。最初に日程が非公式に伝えられたのは、11月19日だったそうですから、その段階で指示すれば、一ヶ月ルールには抵触するにしても、まだ、約一ヶ月前です。スケジュールの調整上問題がなければ、特例にしても、まだ理解を得られます。それがその時は断れてそのままにして、今月に入ってからようやく押し込むというのでは。
 勿論、正しいエスカレーションがなされていなかったという話もあるでしょうし、外務省側にも問題はあるでしょう。が、結局のところ、いくら本人が否定しても小沢の意向で首相が動いたとしか考えられません。逆に言えば、首相は当初は中国副主席と天皇の会見に興味はなかったのでしょう。当初から重要だと思っているのなら、途中の対応は異なっているはずですから。いちいち首相が口を出す話でもないでしょうが、重要で例外申請が必要な場合には話は違います。 
 小沢に言われたから、それ以外に理由はあるでしょうか?

 普天間基地移転問題もそうです。会談する相手(米大統領だったり、沖縄の人だったり、連立相手だったり))によって言うことが変わり、本音がわかりません。元々本音は、わからないのでとりあえず延期かもしれません。現実には現行案しなかいと思っているが、今はそれを言うと連立が崩壊するので、参議院選挙まで待つのかもしれません。それとも本音はやはり駐留なき安保を目指して、本気でグアム移転を目指しているのでしょうか?
 第三者の視点から見れば、参議院選挙で勝利するまで先送りして、結局、辺野古案で決着、を目指していると思えます。色々検討したが、辺野古案以外に米も受け入れられる現実的な案はない、将来的には更に沖縄駐留の米軍を減らすことを目指したい、これが来年の夏以降に首相が考えている結論ではないかと思います。
 が、それは鳩山首相のこと、本音はわかりません。今、米は鳩山首相は本気で駐留なく安保(野党時代に主張していた)を目指していると受け取っている可能性はあります。米から中国へシフトしているように見える行動ばかりをとっていますから。
 なお、当然ながら、在日米軍を減らすということは、その分、日本が自分でやる、というのは世界の常識というものでしょう。それとそれでも有事の際に助けてもらうとしたら、その代償をどう支払うつもりなのでしょうか?今は、有事のコスト(=軍事力)は米が、平時のコスト(=基地及び駐留経費)は日本が分担することにより日米安保は成立しています。
 平時のコストを支払わないで、有事のコストだけ出してください、は当然通りません。別の何かを支払う必要があります。勿論、沖縄の基地を全てグアム(マリアナ諸島)へ移転させた上で、そのコストは日本が全て負担するという手もあるでしょう。が、お金が無くてこまっているのにそれは出来ますか?
 もう一つは米とは違う気前の良い軍事力のある人に頼む、という手があります。表面上はそれも考えているのかなと思える行動をとっていますが・・・・・。これは反中派に言わせると泥棒に留守番を頼むようなものでしょうね。

 いずれにしても、リーダーシップの欠如は明らかですし、戦略・方針を明確にしません。民主党のマニフェストは戦略でも方針でもありません。個別のメニューを列挙しただけで、一貫性のないものです。悪い言い方をするとばらまきリストに過ぎません。
 実態がどうだったかは別にして、内政は、改革無くして成長無し、をうたい、郵政や道路公団の民営化を進め、外交は、日米同盟を基軸にすることを明確化してた、小泉元首相とはまったく違います。小泉元首相の政策が良かったか、正しかったかの評価は別にして、彼には戦略・方針があり(少なくとも、それを見かけ上は掲げていた)、リーダーシップを発揮していました。
 自民党政権の崩壊の一員は小泉後の歴代首相に明確な戦略・方針が見えず、リーダーシップも発揮されてこなかったことにあると考えます。しかし、鳩山首相は、それ以下です。

 もはや、鳩山首相がいつまで首相を続けられるかという議論が始まるのは時間の問題でしょう。もっとも、民主党政権自体は後4年弱は続きますけどね。参議院選挙で負けても、衆議院で安定多数を確保していますので。
 ただし、民主党が分裂すれば話は別ですけれど。鳩山首相に失望し、小沢幹事長に反発する議員はいるでしょうから(私の価値観からすれば、まっとうな人なら、そうなるはず、です)。
 とりあえず民主党の分裂がない=小沢は失脚しない、としたら、首相の首のすげ替えは簡単です。小沢が気に入らない人物なら交代させれば良いのですから。次のが駄目なら、また別の使えそうなのを首相にすればいいだけです。あれ?それってどこかで見たような(苦笑)。ああ、直前にも原因は違うものの、そういう光景は見ましたね(笑)。

 このままでは、やはり日本に健全な二大政党制は定着しそうにありません。前回の衆議院選挙で民主党に投票した方々にはその責任を負っていただく必要があります。あなたがたの選択が招いたことですから。

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社会見学?それとも・・・・

 小沢幹事長が大量の新人議員を含む総勢約600人で訪中しているそうで。小沢先生が新入生を連れて社会見学に行ったというところでしょうか?鳩山校長はなんで許可したのかなあ(苦笑)。
 別に訪中してはいけないとはいいません。中国は同盟国とは言えないですが、経済的にも政治的にも重要な国ですから。でも、年末のこの時期に与党の国会議員を多数引き連れていきますかね?色々と勘ぐられたり、批判されるのは必至でしょうに。私は今は反小沢ですから、勿論、行くべきではなかった、少なくとも随伴は少人数でよかったと批判しますよ。大昔は小沢を支持していたこともあったんですが・・・・・。

 一方、校長・・・じゃなかった首相のリーダーシップの無さにもあきれかえります。彼は何かしたのでしょうか?CO2を25%削減しますとか友愛だとか演説しただけ?個々の問題について、どれだけ、彼が、こうする、と決めたのでしょう?言動が野党時代と変わるのは良くはないですが、まあ、彼でなくてもある話です(与党から野党になった人等にも似たようなことはありますから)。ですが、与党になって、首相になってからも、言動に一貫性がありません。普天間問題一つとっても、何も決められません。そりゃ、所詮、傀儡に近い・・・傀儡は言い過ぎでもお飾りに過ぎない・・・もっと酷いか?・・・ので仕方ないのかもしれませんが、とはいえ、一応、首相なんですから、こうする!こうしろ!があってしかるべきでしょう。
 Aといっているかと思ったら、誰かに何か言われるとやっぱりBだという。そういうのが多すぎます。これが「友愛の精神」なんでしょうかね。敵の言論は厳しく批判しても、味方の言論にはまっこうから反対したりしない。これが「友」「愛」ということでしょうか(笑)。

 普通ならもうこの政権は長持ちしませんが・・・・まあ、何せ、安定多数の衆議院があります。不安定連立とはいえ、それも来年の参議院選挙までの話です。勝てば両院で安定しますので連立は不要。負ければ、連立組んでも過半数に届かないので連立は不要です。民主党が敗北し、国民新党と社民党がのびることは考えにくいですから。勿論、自民党や復活するかもしれない公明党の連立はまた別の話ではありますが。

 まあ、それを考えると参議院選までのらりくらりとやり過ごすつもりなのかもしれません。でも、首相はある意味誰でもいいので、民主党政権は後4年間は続いても、鳩山政権が続く保証はどこにもありませんよ(苦笑)。

 

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AWで箱根へ

 年末の有給カット対象消化作戦の一環で休んで箱根にいきました。前回、ぴー次郎でいってストレスため込んだので今回はAWです。
 海老名SAにちょっと寄り道した時にベージュ色のケイマンがとまっていました。09のケイマンSの左のMT。薄いベージュ色に見えますが、多分、これはスペシャルカラー(40万円位のオプション)のクリームホワイト。スポーツシート。なかなかいい感じです。白は嫌!ですがこれなら良いかも。

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 で、小田原厚木道路から箱根へ。白バイの人がお仕事していました(笑)。前回よりは車は少ないかな?それでも平日にもかかわらず、結構な人が箱根にはきていますね。芦ノ湖スカイラインの観光ヘリもとんでいたし。

 走ったり撮影したりしていたら、箱根スカイライン側の駐車場に海老名でみたケイマンが止まっているのに気がつきました。水色のエリーゼもいる・・・と思ったら、エヴォーラでした。どこかの雑誌の撮影のようです。エヴォーラとケイマンSの比較記事なんでしょうね。で、なーんだ、です。ベージュのケイマンは広報車だったんですね。

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 写真はいつものようにここだと富士山と夕日なので代わり映えしません(苦笑)。

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 さて、AWですが、やっぱりいいですね。でも、遅い(笑)。全開走行!ではないのに、しばしば、アクセルべた踏み(苦笑)。やはりケイマンの方が遙かに速いです。なのでペースの差があるのですが、とはいえ、挙動はAWの方が良いように思います。実際にはAWの方がロールしているし、挙動変化も大きいはずですが、体感上は逆です。軽さもあるのかもしれません。後、ケイマンのリアハッチの重さが体感的な挙動の大きさを生んでいるかもしれません。ガラスが車の中で高い位置にあるのですから、ボクスターと比べると頭が重いのではないでしょうか?それがワインディングでボクスターの方が良かったと思う原因であり、SWに似た感じを生んでいる原因ではないかと思います。SWの場合にはRRに近いリアよりのエンジンがそれを生んでいるのだとは思いますが。

 まあ、ともかく、AWはやはり走らせて楽しいです。(^^)ただ、人も車も年を取りましたね。昔のようには走れません。昼間で車も多いというのもありますが、やはり前と比べるとペースは遅いです。まあ、安全運転でいいのかな、それも。

  そうそう、写真撮っていたら、UH-60が低空を飛んでました。撮影してみましたが、角速が高いとなかなかうまく写真撮れませんね。後、CH-47やらホーネットも飛んでましたが、海兵隊が富士で演習でもしていたのでしょうか?

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真珠湾を忘れるな!

 今日は屈辱の開戦記念日です。祖先というには近い人々が勝てない戦争を自ら始めるように追い込まれて、初めてしまった日です。「追い込まれた」は人によっては自分で進んで始めたということになるかもしれません。しかし、色々な出来ことの積み重ねの結果とはいえ、そういう風に追い込まれたというのは外れてはいないと思います。真珠湾がルーズベルトの陰謀だとは言いませんが。
 勝てない戦争は絶対にやってはいけません。やるのなら、勝てる戦争にしないと。勿論、冬戦争のフィンランドのように仕掛けられた場合には、勝てない戦争でもやらざるを得ない場合もあるでしょう。しかし、それでも、勝てない戦争を始めないようにする工夫か勝てる戦争に変える工夫は必要です。
 鳩山首相はそれがわかっているでしょうか?

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琵琶湖へ3

 さて、三日目です。朝食は今度は和食です。洋食よりは量は少なめで我が家向き。とはいえ、我が家の通常の夕食よりも多いですが(苦笑)。
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  ホテルをチェックアウトして、今日の目的地の琵琶湖博物館へいきました。県立だったと思いますが、立派な博物館です。平日でしたがちょうど小学生の集団が二組やってきていてやたらにぎやかでした(苦笑)。
 ここは当然ながら琵琶湖に関係するものを展示していますが、特徴は、発掘や調査の様子、実験室を再現していることです。こういうのは余り他で見たことがありません。
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 それから昔、琵琶湖で使われていた船を再現して展示していました。昭和の時代にも終わりに作り方を知っている人が残っていたそうです。
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 そして、もう一つの特徴が淡水魚の水族館があることです。琵琶湖の魚とその他に世界の淡水魚を水槽で見ることが出来ます。
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 また、魚だけではなく、海老や水棲昆虫、水鳥なども。
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 もっとゆっくり見たところですが、次の予定もあり、また相方も一緒なので2時間ほどで切り上げざるを得ませんでした。
 あ、そうそう。何故かここにひこにゃんが。
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 この自転車タクシーに乗ってこの夏、横浜までいったそうです(横浜の開港150周年にあわせて)。しかし、彦根ではなく、何故ここにあるのでしょう?

 次の目的地はその彦根です。ここの佃煮屋で義父に頼まれたものを買って帰らないといけません。
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 戻りに光岡のこんなEVがありました。

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 お昼はまたまたたねや。今度はクラブハリエのカフェでアフターヌーンティーセットでした。
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 せっかくきたので彦根城を見ない訳にはいきません。
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 しかし、時間がないので外から見るだけです(苦笑)。
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 天守閣(構造物)に入る時だけ有料だと思いこんでいったのですが、本丸に入るところから有料でした。30分も見る時間はないので、ここであきらめて撤退。

 石垣の間に金属(多分、鉄)が挟まっているのに気がつきました。意図的なものなんでしょうが。

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 少しその辺を散策して戻りました。城下町なので古い町並みは中津の古い町並みが残っている部分と似ています。

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 で、歩いていたら少し暑くなったのでちょっとアイスを(笑)。

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 平日なので夕方のラッシュ前に名古屋を抜けないと渋滞にはまるため、15時半頃には撤退開始。幸いここは渋滞にははまりませんでした。

 しかし、静岡の先で事故のため渋滞という情報。その時は渋滞2kmだったので、たいしたことないかなと思いましたが、とりあえず、日本坂PAに入りました。ここで、夕食。

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 安いわりにおいしかったです。

 本線に戻ったら、渋滞を抜けるのに二時間かかると!静岡で降りて清水から乗るように促しています。少し悩みましたが、安全策をとっておりました。まあ、かなりの車がおりたので、そのまま行っても同じ位の時間で抜けたかなとは思いますが・・・。

 清水から再度東名に乗った時、パナメーラが一緒に乗ってきました。いやあ、速いね。ま、ゴルフEで追いかける方が無茶ですが(笑)。もっとも、相変わらずトラックが多いので、速いペースで走れる時間は少しだけでしたが。

 渋滞回避で一度おりたものの、夕食を食べた時間を含めて5時間半かからなかったのでまあまあでした。

 今度は彦根をゆっくり見てみたいものです。出来たら丸一日、少なくとも丸半日はかけないと駄目ですね。

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琵琶湖へ2

 朝になっても結露は解消せず、窓から肉眼で琵琶湖を眺めることは出来ますが、良い写真は撮れませんでした。残念。
 朝食はルームサービス(そういうパック)で、洋食でした。これが種類が多く、また、パンも山盛り。食べきれるはずがありません。シリアルまであるし。まあ、全部食べろというのではなく、好きな物だけ食べるのでしょうけど・・・・生まれが貧しい我が家はもったいないので食べられるだけ食べました(笑)。パンはお昼にするつもりで確保。(^O^;
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 この蜂蜜ソースかけのはおいしかったです。
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 朝食後、連泊なので荷物はそのままにして、ホテル周辺の湖畔を散歩しました。ホテルはこんな感じで、半円型(半円というよりも円柱を一部切り取った形)です。
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 魚釣りしている人がちらほらいましたが、その側に鳥が。まったく人間を気にせずに近づいても逃げませんでした。
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 その後、一度飛び去ったかと思ったら戻ってきて木の上にとまってました。
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 肝心の琵琶湖ですが、手持ちのレンズではおもしろい写真が撮れていませんでした。こういう時は超広角レンズが欲しいですね。遊覧船のミシガン号がちょうどやってきました。
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 さて、お散歩の後は湖東三山巡りです。西明寺、金剛輪寺、百済寺の三カ所・・・・・なんですが、もう一つ永源寺も紅葉が綺麗だという話を相方が聞いていて、そこが一番近いので最初に行ってみました。
 お寺の駐車場はなく、周辺に有料駐車場があるだけです。400円と書かれた看板があったのですがとめたら500円。あれ?と思ったら400円はその脇の道を奥に入ったところにある駐車場だそうで・・・・なんかちょっと騙された気分。
 入山料500円。まあ、もうこの手のは宗教施設ではなく、観光施設ですからね。仕方ないないでしょう。
 紅葉は盛りは過ぎてどんどん散っていましたが、それでも綺麗でした。井伊家の庇護を受けたお寺だそうで、井伊家の墓もありました。
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 次があるのでほどほどで切り上げて、次の百済寺へ。ここは広い無料駐車場がありました。お寺自体は六角氏を支援したとして、信長の焼き討ちを受けてその後再建したものだろうです。
永源寺と比べると広くて見て回るのに時間はかかりました。池が作られて綺麗な庭もありました。
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見晴らしの良い展望台になっている場所もありましたが、前方はやや霞んでいて写真にとっても余り綺麗には見えませんでした。
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 ここには観光バスがたくさんやってきてぞろぞろ人をおろしていました。平日ですがかなりの混雑。ピーク時の週末はすごいのでしょうね。

 さて、次は金剛輪寺です。ずっと観光バスの後ろを走る羽目になりましたが、予想通り、そのバスの目的地も同じでした。ここが一番広いです。広いというか、本堂が本当に山の上で延々登らないといけません。そして、小さいお地蔵さんがやたらあちこちにありました。上り坂の苦手な相方はかなりへばってましたし、私も暑くなって上着を脱ぐ位でした。ここも百済寺同様に信長に攻められかけたそうですが、機転を利かせて逃れたそうです。

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 ちょっと桜に似た花が咲いていました。113009kongo6113009kongo7113009kongo8113009kongo9

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 ここは本堂に血染めの紅葉と呼ばれる木が最高の見物とされていますが、私が一番良かったのはこの途中にある木です。木と木の間からちょうど日が差し込んでまるでライトアップされているようで綺麗でした。写真はうまく撮れていませんが、実物はこの何倍も綺麗で、しばらくそこにとまっていました。

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 あれ?本堂付近の写真がないや(笑)。まああいいか。そういえば、今年の11月は秘仏の大黒天象を本堂で特別公開していたはずですが、登って疲れてしまって、すっかり忘れて見ていません。(^^;

 ここには歴史文化博物館が隣接しているのですが、見る時間がありませんでした。残念。

 さて、残りは西明寺ですが・・・・時間切れです。永源寺を見たので、時間がなくなりました。琵琶湖に沈む夕日(正確には琵琶湖の向こうの山に沈むですけど)を見たかったのですが、これももう日が沈みつつあり、無理でした。結局、近くの道の駅から眺めただけでした。まあ、ちょうど低い位置に雲がいたので、湖畔にいっても期待するような夕日にはならなかったでしょうが。

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 朝食をたっぷり食べたのでお昼は入らず、ここで軽くお茶しました。

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 で、夕食は余りお腹が減っていないこともあり、ホテルの近くにあった「ザめしや」というお店ですませました。出来合いのおかずが並んでいて好きな物をとって食べるカフェテリア形式のお店です。初日のうどんよりも更に安くあがりました(笑)。

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琵琶湖へ1

 秋(もう冬に近いけど)の小旅行として琵琶湖へ行ってきました。といっても、琵琶湖自体は余り見ていないのですが(苦笑)。
 出動したのはなっちゃん(ゴルフE)。こういう時はやはりゴルフの出番です。初日の最初の目的地は近江八幡なので、新名神経由するかどうかで悩みましたが、途中、トラックが多く、しばしばいらいらした(追い越し車線に突然出てくる、少ない速度差で時間をかけて追い越しする)ので、湾岸から新名神で行きました。渋滞もなく、概ね予定通りに到着。
 日牟禮ヴィレッジ たねやで昼食。待ち行列が長く、一時間位かかるかもしれないと言われたので、名前を書いて、先にその辺を散策しました。紅葉がきれいでした。
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  ちかくにある瓦博物館へ。地面に瓦を埋め込んで模様を描いていたりしてなかなか良い感じです。
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 側にある水路には船があり、また、かかっている橋は写真のように船を並べてその上に板を渡していました。今も本当に固定されていない浮き橋かどうかははっきりしませんでしたが。
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  意外と時間が経過したので、博物館の中を見ているとその間に順番が回ってきそうなので、今回はあきらめて戻りました。リストは半分位進んだところでした。博物館を見る時間はあったかな?と思ったのですが、その後、呼ばれてもいない人が結構多くて、10分程度で順番が回ってきました。
 相方はきのこのうどん、私はせいろ蒸し膳 近江の里、を頼みました。後者には近江牛が含まれますが・・・これは相方の胃袋行きです(笑)。和菓子屋らしく料理の前と後に和菓子も出ました。
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  おいしゅうございました。なお、暗いところでS620で撮影しましたが、ホワイトバランスが狂っています。これでも調整したのですが・・・・この明るさだとさすがにつらいようです。

 で、予定が詰まっているので、次へ。今度は周辺にある郷土歴史資料館へ。そこと歴史民俗資料館、旧西川家住宅、旧伴家住宅の共通券だと500円というので。買って、まずは郷土資料館へ。そんな広くはなく。あるものはそんなに珍しいものはありません。裏にある歴史民俗資料館とつながっていおり、その途中の中庭に途中に色々な物をおいてある場所がありました。木製の水をくみ上げる機械、英国製とある古いバイクなどなど。もっときれいに保管してもいいんじゃないかと思いました。一応屋根があるものの、吹きさらしの場所に保管されているのはもったいないです。かなり劣化が進んでいました。屋内の展示物よりも私にはこれらの方が興味深かったです。
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 隣接する歴史民俗資料館は古い家を改築したもの。豪邸です。ただ、時代は実家と似ているように思います。やっぱりうちの家は江戸後期の建築なんだろうなあ。展示物はそれほどでもないが、建物は立派でした。五右衛門風呂があり、相方は初めて見たと。あれ?実家のは見せなかったかな?灰を出す部分が三カ所もありました。我が家のは薪をくべるところかきだしていたのに。高級?です。

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 戻って反対側の小学校を改装したところへ。元々伴という人の家だったものが小学校になって、その後は図書館になっていて、それが元に戻したものだそうです。お庭がきれいに整備されていました。

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 展示物は近江兄弟社の一柳満喜子絡みのもの。秀吉の部下の一柳の子孫だったそうです。贅沢な使用物などが転じされていた。また、その後のもろもろの展示。ここの展示物はテーマによって変わるようで、今回はほとんどがこれでした。
 で、最後は旧西川家住宅。少し離れた場所。これはかなり古い家で、江戸前期だそうです。なかなか立派な建物でした。

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 この辺は非公開のものも含めて古い建物が残っています。

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 次は少し離れた五個荘にある近江商人博物館へ。撮影禁止だったのと暗くなったので写真は無しです。市の学習センターというやたら立派な建物の3階にありました。ビデオやらジオラマなどお金は結構かけています。おもしろいことはおもしろいです。近江商人といっても色々あって、勢力争いもあり、荷物を実力で奪い合うこともあり、自衛のために武装していた時期もあったとか。

 ただ、これは無駄な箱物行政の一例でしょうね。博物館自体はともかく、建物は無駄に思えます。他にもやたら立派な建物をあちこちで見かけました。

 宿は大津プリンスホテルです。我が家がこんなところにとまるのは珍しいのですが、琵琶湖近辺には温泉が見あたらず、なら、まあ、琵琶湖がよく見えるところをと相方が選びました。33階の湖側の部屋なので確かに景色は良かったです・・・・ただし、夜になると窓が結露してしまって、良く見えませんでしたが・・・・。

 夕食無しのプランで、ホテルのレストランはどれも量が多いので、外にでてうどん屋ですませました。

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  私はエビあんかけうどん、相方は梅あんかけうどん。それとくしかつを頼みましたが、お肉かと思ったのはこんにゃく!私が全部食べられるものでした。相方は、騙されたといいつつ、これはこれでおいしいと。見本の模型はエビと肉らしいものだったんですけどね。ま、メニューの写真は実物と同じなので、騙してはいません(笑)。おいしかったからいいや。写真はS620、これもホワイトバランスがおかしいです。しょうがないけど、なんとかならないかな?S640は改善されているらしいですが・・・・。

 

 

 

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