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国立歴史民俗博物館

 連休中、遠出はしなかったものの、お墓参りやらなんやらで結構忙しく過ごしました。日曜日には千葉の佐倉にある国立歴史民族博物館へ行ってきました。
http://www.rekihaku.ac.jp/
 東名から3号線、湾岸へ抜けて、東関東自動車道へ行くのが最短コースですが、当然のように3号線からC1は渋滞。なので、保土ケ谷バイパスから湾岸へ抜けることにしました。
 しかし、家を出る前に道路情報を確認した時にはなかった渋滞が発生していて湾岸へ出るまでかなりかかってしまいました。トイレにいきたくなったこともあり、大黒PAで一休み。ここまで、一時間以上かかってしまいました。
 フェラーリやらナローポルシェ、GT-Rにレクサス、バイクやら色々集まってました。大黒は楽しいですね。
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 で、湾岸に行くつもりが、ここから湾岸で東京方面へ行ったことがなかったのと、羽田に行くのは湾岸なので、羽田方向と書かれているのが湾岸だと思ったこと、そしてカーナビの指示も羽田方法であったことから、羽田方向にいったら・・・当然ながら横羽線へ出ました。横浜-羽田線だから当たり前ですが・・・・。渋滞はしていないものの、交通量は多く、流れも遅くいらいらします。
 再度、湾岸へ出たら、反対側は大渋滞。あらら。浦安過ぎてもまだ渋滞。事故かなとも思いましたが、それらしい現場はなかったので、交通集中による渋滞というやつのなのでしょう。帰りが恐いです(苦笑)。
 東関東自動車道は、遅いようで結構流れは速いですね。不思議な道です。佐倉ICで降りて、大黒から1時間ちょっと到着しました。
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  公園にもなっていて広いです。中へ。入場料は大人400円。安いですね。で、相方がお腹減ったというので、先にレストランへ。相方は古代米を使ったカレー、私は魚の包み焼き(定食)にしました。味噌が入っていたのは予想外です。結構、甘い白味噌でした。千葉は辛いと思い込んでいましたが違うのもあるのですね。
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 さて、見学です。入り口は海の映像が流れていてなかなかいい感じです。第一から第五まで展示室があり、石器時代からだんだん時代が新しくなっていきます。
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 石器の作り方はこうだったんだろうというビデオをみました。こういうのを研究した人がいるんですね。。展示物の過半は模造品。まあ、しょうがないでしょう。新しい銅鐸(の模造品)があり、相方が新品(ではないけど、錆びて青くなっていないので)を初めて見たと感動していました(笑)。
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  古墳時代の鎧をきせた人形がありましたが、なんかイメージが違います。これだと鎌倉時代の下級兵士という感じ。その先にあった鉄製の胴鎧と兜がこの時代の私の持っている鎧のイメージです。
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 三角縁神獣鏡について、書かれている年号が魏のものだったので、魏で作られたものと思われていたが魏ではそういうのがでていないと。むしろ飾りからは呉風だそうで。また、実在しない年号が書かれたものもあるそうです。ふと、呉の辺りで作られたものを、輸入したか、職人を連れてきて日本で作ったものではないかと思いました。で、そのうち日本人が作ったものもでてきてきたと。例えば、九州にあった勢力が安く仕入れて、高く近畿などの勢力へ売りつけたんじゃなかろうか、とそう思ってしまいました。
 ジオラマは色々あります。ありがちなものですが、やっぱり見ていて楽しいです。 
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   平城京時代の上級役人の食事と下級役人の食事はえらく違います。下級役人は玄米とひじきと塩だけ。上級はおこわになり、魚やら鹿の肉やらなにやらおかずもたくさん。格差社会だ!
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 沖の島の展示。沖の島は博多(福岡)の北側にある島で、たくさんの祭祀が行われたために色々残っていたそうです。へー、そういうのがあったとはその近くで4年間暮らしましたがしりませんでした。
 発掘現場の写真に944らしいのが写っていたので、写真とってみました(笑)。

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 結構、見応えがあり、だんだん疲れてきました(苦笑)。おもしろかったのは戦国大名のローマ字印。クリスチャンの黒田考高が洗礼名のシメオンをつかっていたのは良いとして、他がおもしろいです。立花宗茂は飛騨守だったので、「fida」。細川忠興は「tada uoqui」忠利は「Tada toxi」。今と表記が違いますね。当時の宣教師の耳にはこのように聞こえてそう教えたのでしょうか?一番おもしろいのが考高の息子の黒田長政。「Curo NGMS」くろ田のCuro。で、長政のNAGAMASAの母音をはずしたものです。

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 江戸時代の地図をソファの上にプリントして展示してあったのはおもしろいです。豊前の部分を撮影してみました。江戸時代の貝殻などで作った孔雀などのお土産物もおもしろかったです。

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 旅籠を再現したものがありましたが・・・なんともなじみのある家(笑)。実家は江戸後期に旅籠として建てられたという伝承があるのですが、本当のようです。少なくとも年代はその位なのでしょう。今やただの廃屋ですが(苦笑)。

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 ここまでで、1階の展示室がやっと終わりました。ふー。かなり疲れました。一度外へ出て地下へ。ここからは日本人の民俗世界。第四展示室が昔からの民俗に対して、第五展示室は現代(というか、戦後位か)の民俗。いろいろな仮面がありましたが、日本っぽくないのもありました。それから沖縄のお祭りの仮装で、木の葉の怪人みたいなのも(笑)。

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 小さい社やしばらく前の町の風景が再現されていました。占い商売は、時代は変わると形態も変わりますが、いつの時代でもあるのですね。

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  最後は疲れて駆け足になってしまいましたが、お昼を食べてから、3時間半かかりました。で、そろそろ閉館の時間。ここは佐倉城趾で、お城の遺構や植物園などもあるのですが、今回は見て回る時間がありません。相方も気に入り、興味のある企画展がある時にまたこようと言っていました。
 帰りは湾岸で渋滞。悩んだのですが、横浜へでても、保土ヶ谷バイパスが渋滞しているので、レインボーブリッジ経由3号線東名で強行突破。レインボーブリッジから三軒茶屋を越えるまで断続的に渋滞していましたが、結果的には休憩時間をいれなければ2時間半で帰ってきたのでまあまあでしょう。
 なかなかおもしろかったです。ただ、じっくり見るには丸一日必要かもしれません。午後だけでは駆け足になってしまいました。企画展示室は改装中で何もしていなかったのでそれはふくまずに、です。もし、行かれるのであれば早めにいって、第一展示室位を見てからお昼を食べて残りを午後見るのが良いと思います。

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